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前田に会いに行こう!




「吉祥寺行こうぜ」

 そう坂本が言いだしたから、葛西はかなり、機嫌が悪かった。
 自分の仲間もやられたけれど、前田がいなかったらあの抗争はなかったはずだ。
 確かに坂本たちが来てくれて、自分は嬉しかった。
 しかし、坂本と前田が再会するのは喜ばしいことではなかったのだ。
 結局前田と薬師寺が喧嘩していて、坂本と前田が言葉を交わすことはなかったのだが。

「ほら、行くぞ」
 他の誰も言い得ない命令口調で、坂本が葛西の腕を引く。
 触れられるのは嬉しい。こいつが気づいているのかは分からないが、坂本はスキンシップが激しい
のだ。
 少なくとも葛西から見れば。
 しかし、笑えと言われても笑えるはずはない。
「どうして今になって前田なんだよ」

 あの時、坂本が頼ったのは前田だけだった。
 四天王で、坂本だけが前田に会いに行ったのだ。
「今だから、だろ。早く行くぞ」
 それでむかついている葛西に気がついているのかいないのか、いつもの口調で、中学からのいつも
の態度で坂本は葛西を駅まで引っ張り続けた。
 確かにこの態度に戻ってくれたことを思えば前田に感謝したいとは思う。
 しかし焼きもちというものはどうにもならない。
 葛西は自覚していたのだ。
 自分は前田に妬いていると。

 電車の中で煙草を銜えて、更に坂本に怒られる。
「こら、ここで吸うんじゃねーよ」
 口元に手をやられて、葛西は苛立ちを抑える術を抜き取られた。
「取るなよ」
「電車ん中で吸うな、馬鹿」
 他の誰も言えない、葛西への台詞。
 葛西はふん、とすねた顔をして坂本から目を逸らした。
(・・・なーんでみんなそんなに恐れるかな)
 子供みたいな葛西の態度に坂本はそんなことを思った。
 確かに喧嘩は強い。前田でさえ一度やられた程だ。
 でも中身は本当に子供みたいなのだ、この男は。
 かまってやらなければ、すねる。その挙句他の奴に八つ当たりで喧嘩する。
 かまえば抵抗する口調で甘えてくる。
 そんな葛西を自分だけが知ってるのかと思う。
「おい、何笑ってんだ」
 葛西に不機嫌に言われて、坂本は自分が初めてそんなことを思いにやけているのを自覚した。
「なんでもない」
 ばれるわけにはいかない。ばれたら、それこそ葛西はとんでもない顔をするだろう。
 坂本だけが知っている、あの優しい顔だ。
 坂本はそれがいくら知らない人間でさえ、葛西のそんな顔を見せたくなかった。
 自分だけが、知っていたかった。

 電車は順調に進み、複雑な二人を乗せたまま吉祥寺へと到着した。
「葛西!」
 電車のドアが開いても出ようとしない葛西を坂本は引っ張り出した。
「痛ぇ」
「じゃあさっさと出ろ!馬鹿!」
 そのまま電車に乗り戻そうとするのを拒むように、坂本の腕は葛西の腕に廻された。
 腕を組んで、改札の時だけ手を繋ぎ、再び腕を組んで二人は吉祥寺の街へと降り立った。
 腕を組んでいるといっても、葛西は一歩後ろにいて、坂本が引っ張っているのだった。
「お前、前田の居場所知ってんのか?」
「そこら辺のやつに聞けば分かるだろ」
 そう聞いて葛西は息を吐いた。
 よかった。連絡を取り合っていたわけではなかった。
「離れるなよ」
 そう言って、坂本は葛西の腕から自身の腕を外し、最初に見かけた学ランの奴に声をかけようと
近づこうとしたが、坂本が一歩前へ踏み出した途端、その学生達は怯えた顔をして後ずさった。
「あの学ラン・・・!」
 そう聞こえたかと思うと、その一同は一気に反対方向へと逃げ出した。
 学生達が見ていたのは、葛西の方だった。
「・・・」
「なんだよ」
「お前、ココで何したの?」
 坂本は葛西が吉祥寺自体へ喧嘩を売ったのは知らない。
 それでも長い付き合いか、別の意味か、葛西を見る坂本の目は何かを知っているようだった。
「別に」
「目をそらすな。仕方ねぇな公園行くか」
「おい、いるとは限らねえだろ」
 いくら葛西とやり合った場所とはいえ。
「あそこは前田の仲間が誰かしらいるはずだ」
 そう言って坂本はまた歩みだそうとしない葛西の腕を引く。
「なんでお前がそんなこと分かるんだ」
「分かるよ。お前の方が分かるんじゃねえの?」
 確かにそうだった。
 あの山中が捕まったという時も、指定された場所は井の頭公園だったのだ。
 あいつらのテリートなんだろう。
 しかし、坂本までがそれを分かっているのはやはりおもしろくない。
 葛西はいつになっても進まない足を坂本に無理やり引っ張られ、井の頭公園へと着いてしまった。
 公園へ着いた途端、目につく学ランの面々。
 葛西が倒したのはほんの一部だけだったが、それでも正道館の学ランは目立つのだろう。
 二人を目にした学生が一部逃げ出した。
「お前・・・ホントに何やったの」
「俺だけのせいじゃねぇ」
「いや、お前の・・・」
 そう言いかけて、坂本の目は一軒の屋台へと止まった。
 そこにはでかでかと「たこ焼き」と書いてあった。
 葛西は坂本は別にたこ焼き好きではなかったよなと思った。そして自分が知らない間に好きになって
いたのかと、危惧した。
「あそこにいるの、前田の連れだ」
 やけに晴れやかに坂本がそう言ったが、それに嫉妬することなく葛西はああそうか、とだけ思った。

 池袋で前田を倒した後戻る時、坂本だけが付いてこなかった。
 もう珍しいことではなくなったが、その時にでも会ったのかと思った。
 あの時後から前田の連れがゾロゾロと来たと仲間から聞いていた。

 そうなのだ。あの時、坂本は自分の隣にいなかった。
 前田の処に残ったのだ。

「ほら、動け!馬鹿!」
「さっきから馬鹿しか言ってねぇぞお前」
「お前が動かないからだろ、ばーか」
 再び坂本に引っ張られて、葛西は動く。
 引かれる腕の熱に安心している自分がいる。
 今、坂本は間違いなく自分の隣にいる。そして、自分が隣にいることを望んでいる。

 屋台へ着いた途端、たこ焼きを焼いている店主が愛想笑いをこちらへ向けたと思ったら、その表情
が一変した。
「か、・・・葛西??!!」
 葛西はもう慣れてしまった反応を無視しようと思ったが、その顔は先ほどとは違い覚えがあった。
 同じ高校生とは思えない、老けた顔だったからか、その隣に見たことのない、キツイ顔立ちだが
可愛いと思う女子がいたからか。
「お前・・・」
「知らねぇ」
 またしても不審がる坂本の視線を葛西は受け流すことにした。
 いちいち思いだすのは本当に面倒くさいのだ。
 あの時の自分は、何も見えなくなっていたのだから。
 本当に、吉祥寺の人間を潰すことしか考えていなかった。

「それに、お前。・・・会ったことあるよな、誰だっけ?」
 葛西は、その老けた人間の台詞に反応した。
 坂本へと向けられたこの台詞に。
「おい」
「怒るなよ、葛西。会ったことあるんだよ」
 分かり切った答えだったが、葛西はそれでもまた不機嫌になった。
 やれやれという坂本の表情が見えたが、それにも視線を外した。
 どれだけ坂本は吉祥寺へと加担したのだろうか。
 そう思っただけで、目の前のこのたこ焼き屋を殴りそうだったのだ。

「坂本だよ。あん時は迷惑かけたな。お前、前田どこにいるか知らねぇ?」
 坂本は、そう言っている間も葛西の腕を掴んだままだった。
 もうどこにも行って欲しくなかったのだ。

 坂本は葛西が前田に嫉妬しているのを知っていた。
 葛西に直接言われたのではなく、感じ取ったのだ。
 池袋のホームで、キレていた葛西。
 あの瞬間、自分の行動が正しかったのか不安に思ったのだ。
 誤解されたくない。常に自分が想っているのは一人だけなのだ。

「前田か・・・また問題起こすなよ?」
 散々、葛西には老けていると思われ、坂本には名前さえ忘れられたたこ焼き屋が煙草を銜えたが、
横を気にした。
「あ、いいですよ。島袋さん。タバコぐらい」
「いや、お前に匂いが付くだけでも問題だろ。それより前田は多分今伊太利屋にいるぜ」
 島袋と呼ばれたその男は、タバコをしまいつつ二人へと答えた。
「伊太利屋?」
「そいつが俺をぶっ飛ばしてくれた場所だよ。行ってみな」
 坂本の疑問へ島袋は葛西を指差した。
 坂本の目が「覚えてるか?」と葛西を見る。
 そんな目をここでするなと、葛西は怒鳴りたかったが、今度は逆に坂本の腕を引くことで答えること
にした。
「わ!ちょっと待てよ葛西!ありがとな、お前の彼女可愛いな」
 どんな捨て台詞だ。
 その場にいた誰もが思った。
 屋台の二人は赤面し、笑顔でそう言った坂本を葛西は引きずることにした。

 坂本は池袋のNo2だ。
 しかしこの体重でよくもここまで強くなれたと葛西は思うほど、坂本は容易に引きずれた。
「葛西、痛ぇ」
 その言葉で葛西は漸く自分がかなり強い力で坂本を引っ張っていたのだと気付いたが、腕を外すこと
は出来なかった。
 立ち止り、坂本の様子を窺うと坂本も別に腕を外したい行為には出なかった。
「どこ?伊太利屋って」
「こっちだ」
 葛西は一時だけ腕を外し、タバコを銜えて火を点け、再び坂本の腕を取る。
 坂本は何も言わず、葛西が行くままに体を預けていた。

「この地下だ」
 思い出したくもないが、覚えてしまっている地下街へと葛西は足を向けた。
 目に覚えのある店が並んでいる。
 わざわざここまで来て、自分はあいつらを潰そうと思っていた。
 吉祥寺への怨念は、そこまであったのだ。

「あ」
 伊太利屋と看板がかかっている店の前で、ガラスを覗いて坂本が声を発した。
 葛西も続けて目をやると、もう見たくもない後姿と、やたら美人な女子の姿があった。
 それを見た途端、葛西は坂本を引っ張って店へと入った。

「いらっしゃい」
 柄の悪い連中を見慣れたマスターの声が響く。
 それでも振り向かない前田の後ろへと着く。
 前田の前にいた女子が、両手で口を押さえた。
 そうして漸く、前田が振り向いた。
 そしてその途端、ガタガタと音を立てて前田は立ち上がった。

「か、か、葛西!!なんだてめぇ!!」
「前田くん!駄目!」
 こちらは何も言っていないのに臨戦態勢へ入った前田へ、千秋は抑えにかかった。
「前田くん!もう喧嘩は駄目ー!」
「喧嘩しねぇよ!離せ!」
「やだ!駄目ーーー!」
 二人のやり取りに葛西は呆気に取られたが、その空気をやぶったのは坂本の笑い声だった。
「おい・・・何笑ってんだ坂本」
「悪い悪い。・・・俺のこと覚えててくれたんだな」
「ふん、そりゃあな」
 その会話でその場の空気は穏やかになったと、マスターは安心したが、葛西は怒りが湧き上がって
きていた。
 いつの間にそんなに仲良くなってんだと、坂本に問いただしたかったが、原因は自分だと分かって
いる。
 ただ坂本の腕を離さないことで葛西は怒りを治めようとしていた。
 坂本は葛西に腕を取られつつ、必死で笑いをこらえようとしていた。
 その行動は、葛西の肩へ頭を押し付けることだった。

 葛西はその行動で漸く怒りが全て治まった。前田は現状が分からない顔をしていた。
 ただ千秋だけが、前田に掴みつつ安心した顔をしていた。

 笑いが収まったのか、坂本は顔を上げて葛西に言った。
「葛西、俺タバコ切れてんだ。買ってきて」
「お前な・・・俺のタバコがあんだろ」
「やだよ。お前のきついもん」
「ちっ・・・」
 葛西が不満な顔をしつつ後ろを向いたのを前田は呆気に取られて見ていた。
「ああそうだ」
 葛西は思い出したかのように言った。
「前田、お前可愛い彼女持ってたんだな」
「な!何を言ってられりゃれら・・・!」
 前田の意味不明な言葉を後に、葛西は店を出た。確かすぐ側に自販機があったはずだ。

 店内では、千秋の横に前田が座り、坂本が向き合う形になっていた。
「あ、あ、あいつわ何をいってりゃれら・・・!」
 真っ赤になって叫ぶ前田に、千秋は微笑み、坂本は

 堪え切れず爆笑した。

「な、何を笑ってられれらりゃ・・・!!」
「いや、悪ぃ悪ぃ。葛西すぐ戻ってくると思うから言っとくな」
「あぁ・・・?!何を?!」
「前田くん!」

「俺が葛西と今いられるのもお前のおかげだ。ありがとう」

 坂本の優しい笑顔とその台詞に、その場は一気に穏やかな空気へと移った。

「どういうことだ?」
「そのまんまの意味だよ。お前がいてくれたおかげで、俺は今葛西といられる」
 そう言って坂本はポケットからタバコを取りだし吸い始めた。
「葛西がいない所で言いたかったんだけどな。一人で来るとあいつが五月蠅いし」
 そう言って満足げにタバコを燻らす。
「・・・かっかっか!今更俺に感謝か?」
「ああ、そうだ」
 前田ってこういう奴だったのかと坂本は改めて思った。人が集まるわけだ。
 横にいる彼女も満足気な顔をしている。
「ありがとな、前田」
「感謝される覚えはねぇ。それよりあいつは大丈夫なんだろうな?」
「もう大丈夫だよ。世話かけたな」
 ありがとう、という言葉は押し込めることにした。

 葛西が昔のように戻ってくれたのも、坂本を素直に求めてくれているのも、敗北を味わったからだ。
 そして、敗北しても仲間がそのままいてくれることを知ったからだ。
 全部前田のおかげなのだ。

「最後は俺だけで止めようとした。でも無理だった。お前がいてくれて良かった」
「気持ち悪ぃ話してんじゃねぇよ。俺はただリバンジしただけだ」
「リベンジでしょ?」
「リベンジ!!」

 そのやり取りに坂本はやはり笑いを堪え切れず、後ろを向いたら葛西が入ってきた処だった。
「葛西・・・」
「タバコ、あんじゃねぇか、アホ」
「葛西をパシリにすんなんて、何者だお前」
「なんでも・・・ねぇよ。葛西、お前は何か言うことないのか?」
 そう葛西へ向けられた坂本の顔は穏やかだった。
 葛西はもう十分だと思った。
 会話はほとんど聞こえていたのだ。なにせドアのすぐそこだ。
 どうして坂本が前田に会いたがったが、どうして自分を連れてきたのか、全て解ってしまった。
「・・・何もねぇよ。もう。」
「そうか、邪魔したな、前田と・・・えっと」
「・・・千秋だよ」
「千秋ちゃん、またな。ほら葛西」
「またなせんでいい!」
 最後まで叫んでいた前田を背に、二人して店を後にした。

二人で。




 帰りの電車で。
「な?会って良かっただろ?」
 坂本はやけに満足気に葛西に言った。
 二人は向き合ってドアにもたれかかっていた。
 葛西の腕が坂本の腕を引く。
「え?」
 電車の中で、一瞬だけ葛西は坂本に口づけた。

 柄の悪い二人が乗っているというだけで静かになった車両が、一気に熱を失う。
 坂本は笑って葛西を見て、もう一度今度は自分から口づけた。

「もう二度と会いたくねぇよ」

 そんな言葉に、坂本はまた笑った。





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