かないっこない
井の頭公園を抜け駅へと向かっている最中、葛西はずっと後ろを振り返ることが出来ず
にいた。
まだ仲間達が自分へついてきているということが信じられない。
自分は敗北したというのに。
去っていく背中しか想像していなかったのに。
「いい、触んな」
自分を支えようとする山中の手を振りほどく。
「葛西さん・・・」
山中が心配そうな目で葛西を見ていた。後ろの連中はどんな顔をしているのか。
不安に似た感情で歩いていると、もうずっと焦がれていた声が響いた。
「意地はってんじゃねーよ」
不意に足が止まり、思わず後ろを振り返る。
そこにはもう傍にいられないと思っていた坂本の姿があった。
自分がつけた傷跡が痛々しい。
そんな姿に不釣り合いに、手にはいつの間に寄ったのか、コンビニの袋を持っていた。
坂本がその袋からティッシュを取り出し葛西に差し出した。
「坂本・・・」
「また血、出てるぞ」
葛西は坂本の手にあるティッシュをじっと見ることしか出来なかった。
今までなら当たり前のように受け取っていたが、葛西は現状をまだ把握出来ていなかった
のだ。
これを受け取っていいものか。何故あれだけ傷つけた坂本がまた今ここにいるのか。
何故仲間達は自分の周りに残っているのか。
「ボーっとしてんじゃねぇよ、ほら」
坂本はそんな葛西に何も聞かず自らティッシュを取り出して葛西の額に当てた。
ティッシュの感触と共に坂本の体温が感じられる。
葛西は漸く口を開いた。
「いらねぇ」
そう言いながらも坂本の手を振り払えない。
この体温を失いたくなかった。
坂本は何故か笑みをこぼした。ずっと見たかった笑顔だった。
「自分で押さえろよ。行くぞほら」
坂本は葛西の手を取り、額へ当てるようにすると今度は葛西の腕を取った。
「池袋着いたら病院行くぞ」
坂本に促され、腕を引かれて駅へと向かう。
今坂本は自分の隣にいる。
「いい」
「よくねぇよ。けっこう深いぞ、その傷。他にもケガしてるだろ」
「・・・お前の方が・・・」
「あ、そうだ。俺も行かなきゃ。無理やり抜け出してきたんだよな」
あはは、と坂本が笑う。自分の隣で。
電車に乗っている間も、坂本はずっと葛西の隣にいた。
ガラの悪い連中が一気に乗ってきたので、一車両を正道館の連中で占領することとなった。
その中心の席に、二人がいた。
仲間達は揃って葛西と坂本に席を譲ったのだ。
葛西は俯いたままだったが、坂本がティッシュを変える度素直に従った。
「お前らも病院行った方がいいぞ」
坂本が周りの仲間達に声をかける。
「ああ」
「あ、はい」
それぞれ怪我を負った面々が遠慮がちに返事をする。
葛西はそれを聞いて皮肉な笑みをこぼした。
(誤解してる・・・)
坂本は葛西のそんな笑みを見て思った。
敗北した自分にどう接していいか分かってないのだろうと、葛西は思っているのだろう。
この遠慮は違う所にあるのに。
しかしそれも仕方のないことだった。
葛西は今、自分たち二人が周りにどう思われているのかいまいちちゃんと把握していない
のだ。
(今はしょーがないか)
坂本はまた鮮血に染まったティッシュを取り変えた。
池袋に着くと、葛西は真っ先に家へ向かおうとした。
「葛西」
坂本はそんな葛西の腕を引く。
「なんだよ」
「なんだよじゃねーよ。病院行くって言ったろ」
「うるせーな。俺に口出しするんじゃねぇ」
葛西は後ろの仲間達も、坂本にも振り返らない。
坂本は葛西のを掴んでいた腕にぎゅっと力を込めた。
「葛西」
坂本の声が少し低くなる。
葛西は無言のままだったが、坂本には葛西が観念したことが伝わった。
坂本が葛西の腕を引き病院へと向かう。
そんな光景を見ていた正道館の面々は少し間を置いてから二人についていくことにした。
前を歩く二人を遠慮がちに見ながら。
みな、思うことは一緒だった。
(坂本さんには、敵わねぇ・・・)
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