葛西は屋上でタバコを燻らせていた。
「葛西」
坂本は葛西に近寄った。葛西は振り返らずフェンスの向こう側を見ている。
坂本もタバコを取り出し、火を点け葛西の隣に立った。
「アホだな、あいつら」
タバコを吸い終わり、足でもみ消した葛西が口を開いた。
「葛西?」
葛西は坂本に背を向けた。
「俺は負けたっていうのによ・・・」
坂本はまだ残っていたタバコを捨てて、葛西の背を抱きしめた。
「そうだな。ようやく負けてくれたな」
「坂本・・・」
「止まっていいんだって、分かったろ」
葛西は振り向かない。
「もう信じろよ、あいつらのこと」
葛西は坂本の腕を外すと、正面を向いて坂本をきつく抱きしめた。
坂本も葛西の肩に頭を預け、背に腕を廻す。
「信じろよ・・・俺のことも」
葛西はより一層強く坂本を抱きしめた。
「葛西、苦しいよ」
笑みを含んだ苦情が聞こえたが、葛西は無視することにした。
「今日も泊れよ」
「ああ」
葛西の手が坂本の頬に触れる。
そのまま顔を近づけた所だった。
屋上のドアが派手な音を立てて開いた。
「葛西さん!いますか?!」
山中の声だった。
二人はちょうどドアから影になる所にいたので、山中からは見えなかったのだ。
「どうした」
そう山中に返事をした葛西の表情からは、もう迷いは消えていた。
「あ、お、お邪魔しました」
「馬鹿言ってんじゃねぇ、どうした」
山中が、抱き合ってはいなかったがひどく近くにいる二人に遠慮した声をあげた。
葛西は照れもせず(照れたことなど一度もないが)山中に向き直る。
「あの・・・牧山がやられました・・・」
「何・・・」
先に声をあげたのは坂本だった。
「名前も知らない学校なんですけど・・・その・・・」
「なんだ、はっきり言え」
葛西の声が低く響く。目がすわっている。
「葛西さんが前田にやられたってもう広まっていて・・・俺ら正道館がマトにされてる
みたいなんです・・・」
葛西はタバコを取りだした。山中が慌てて火を取り出す。
「悪ぃな」
「え・・・」
「牧山はどこだ」
「今病院に向かってます・・・相手はサンシャインの駐車場で葛西さんを待ってるって
・・・」
「行くぞ」
「はい!」
駐車場へ着くと、見覚えのない学ランの輩が20人程たむろしていた。
真っ先に殴りかかろうとしたのはリンだったが、葛西はそれを制した。
「お前らは手を出すな」
「葛西、お前一人でやる気かよ」
「原因は俺だからな」
坂本はじっとその場を見ていた。葛西が自分でけじめを取ろうとしているのが分かっ
たからだ。
それにどう見ても、相手は葛西の敵じゃない。
「来たか、葛西」
相手側の頭らしき男が偉そうに口を開いた。
「帝拳の前田にやられたらしいなぁ。もうブクロじゃでかい顔・・・」
葛西はその台詞が言い終わる前に、タバコを銜えなおして吸い始めた。
「ぐだぐだ言ってんじゃねぇ、やるならさっさと来い」
「な、なめやがって・・・!」
(そりゃなめるだろうよ・・・)
坂本は半ば呆れていた。前田に負けたからと言って葛西が弱くなったわけではない。
しかも相手はたむろしなければならないほど弱いのだろう。
頭と思える男が葛西に向かって突進してきた。
「ぐはぁ!」
葛西の拳がその男の顔面を捕らえた。
派手に体が浮き上がる。
「正道館なめんじゃねぇ!」
葛西は次々に相手をなぎ倒して行った。
「葛西・・・」
「葛西さん・・・」
仲間達は驚きの声をあげていた。
葛西が学校の名前をなめるなと言ったのは、初めてだったのだ。
坂本だけが、何も言わず満足気にその光景を見ていた。
葛西はこの時初めて、仲間を仲間として受け入れられたのだ。
しばらくすると、葛西の足元には相手側の連中が沈んでいた。
「おお・・・」
「やっぱ・・・強ぇ・・・」
周りからは感嘆の声があがる。
リンも圧倒的な葛西の強さに呆気にとられていた。
坂本が葛西へと歩み寄る。
「戻ろうぜ、葛西」
俺たちの、学校へ。
葛西は坂本と共に仲間達へと歩み寄った。
「お前ら・・・これからも狙われるかもしれねぇ・・・俺のせいだ」
「葛西・・・」
坂本が何か言おうとしたところ、次々に声があがった。
「葛西さんのせいじゃないっすよ!」
「てゆーか俺達だって負けたもんなぁ、帝拳のやつらに」
「俺達も強くなりますから!」
「お前ら・・・」
葛西はタバコを銜えて歩き出した。
自然に笑みがこぼれる。
「学校終わったら病院行くぞ、牧山の見舞いだ」
隣には坂本がいる。
後ろからは仲間達が付いてきてくれている。
このままでいいのだと、そう思えた。
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