葛西の家へ二人で向かっている間、坂本の機嫌は悪くなかった。
ひやかされるかとも思ったが、そのようなことを言う気配もなく、
発した言葉が先の言葉だけだった。
気づかれなかったことに安堵するべきなのか、それとも
もう言ってしまっていいのだろうか。
葛藤はあったが、失ってしまう可能性の方が怖かった。怖かったのだ。
もうすぐ家に着くという所で、坂本がぽつりと呟いた。
「さっきの子、ずっとお前を好きだったみたいだぜ」
ああやはり通じていないのか、当たり前のことだろう。
「関係あるか」
玄関へ着きドアを開ける。坂本を先に促してからドアを閉めた。
「なぁ」
坂本がこちらへ振り返りもせず一言発した。
先ほどまでと違い声が低い。
「俺お前が女いたの知ってるぜ」
「だからなんだ」
「無理って、どういうことだよ。好みじゃなかったのか?」
関係ねぇだろとは言えなかった。
「別にその女も好きじゃなかった。まぁ成り行きだな」
「ひでぇ奴」
笑いを含み放たれた言葉は、何故か震えていた。
不安と期待が同時に湧き上がる。
「おい、こっち見ろ」
一向にこちらを見ようとしない坂本の肩に手をかけて無理やりこちらへと
体を向かせた。
「好きでもねぇのに付き合えんだな、お前は」
「付き合ってたわけじゃねぇ」
「んじゃますます最低だ、てめえ」
「んだと・・・?」
恐らく他の奴に言われたらその場で殴り倒していただろう。
しかしそれは出来なかった。
坂本は、唇を固く結び俯いていた。
「手、離せよ」
「なんでだよ」
「離せよ!」
力を振り絞り自分を振りほどこうとするその手を強く引き寄せ、
そしてきつく抱きしめた。
「かさ、い・・・?」
「なんで泣いてんだよ」
「誰が泣くかよ!離せよ!」
「うるせえ」
暴れる坂本を力づくで抑え込み、頭を引き寄せ唇を重ねた。
坂本の目が見開かれる。
一瞬だけの口づけのあと、さらに深くその初めての甘さを味わう。
「ん・・・ん・・・!!」
唇に指をあてがい無理やり開かせ、その口内を貪った。
もう止めることは無理だと思った。
なぜなら、こいつだって強いのだ。本気で嫌なら自分はもう殴られているだろう。
それが、坂本の手はいつの間にか自分の腕を握りしめているのだ。
舌をからませ、歯列をなぞる。
角度を変えて何度も口づけているうちに、坂本の体から力が抜けた。
ひざを震わせ崩れ落ちる坂本を支える。呼吸が荒い。
「か、さ・・い・・・なんで・・・」
「もう分かっただろうが」
苛立ちを含めた口調で言うと、肩に頭を乗せていた坂本がこちらを見てきた。
「やっとこっち見やがった」
「葛西・・・?お前・・・」
「応えが欲しい」
そう言うと、一瞬坂本は泣きそうな顔になり、そして静かに目を閉じた。
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