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みんなで帰ろう1









「てめー恩を仇で返す気かぁ!!」
「てめえが勝手についてきたんだろうがあ!!」
「わー!やめてくれぇー!!」

場所は池袋のサンシャイン地下駐車場。
一難去ってまた一難。
川島率いる大阪の面々が去った後、その場では吉祥寺の頭と浅草の頭の(子供じみ
た)争いが始まろうとしていた。
それを必死に止めようとしているのはその仲間達。
前田も薬師寺も仲間二人に両脇から抑えられていた。

そんな光景を、葛西は鬼塚と笑いながら見ていたが、黒い影がゆらりとこちらへ
近づいてくるのに気がついて、葛西はらしくなく委縮した。
坂本は葛西に近づいて、学ランのポケットからいつから持つようになったのか、
ハンカチを取り出して葛西の顔を拭った。
目が笑っていない。
真顔の坂本は、正直怖かった。

「・・・怒ってんのかよ」

黙ってこんな大掛かりな抗争に一人で来てしまったこと、挙句ばれて結局は巻き添え
にしてしまったこと。
そして心配をかけてしまっていたであろうこと。
そんな思いが葛西の中ではめまぐるしく吹き荒れていたが、ぶっきらぼうな言葉しか
出てこなかった。
(ガキくせえな・・・)
そう思う葛西に坂本の言葉が返された。
「そう思ってんのか?」
まだ坂本の顔は穏やかではない。葛西はため息を隠して、それでもでも正直に答えた。
「ああ・・・」
そう答えた途端、坂本の表情が一変した。
いつも見ている、穏やかなカオ。葛西の隣にいる時のいつもの表情だった。
「なら、いいよ。でも今度からは連絡しろよ」

笑っていない表情はわざと作られていたものだと理解した途端、葛西は安堵と共に
猛烈な疲れを感じて目の前の坂本に寄りかかった。
「葛西?」
「悪ぃ・・・疲れた」
「葛西、重いよ」
いつになく素直な葛西に、坂本は笑みをこぼした。
しかし体格差がありすぎる。坂本は体重をかけてくる葛西を支え切れずにその場に
しゃがみこんだ。
「寝るなよ。病院行かねえと」
葛西を支えながら坂本が言う。
「・・・行きたくねぇ」
(・・・これはそうとう疲れてるな・・・)

葛西が坂本にさえこんなに素直になるのは珍しかった。
甘えていると言ってもいいくらいだ。
言葉は同じでも、不遜な態度だったり言い方がもっと偉そうだったり。
今の葛西を可愛いと思ってしまう自分はかなりキテしまっているなとも思う坂本
だったが、まぁいいやと思った。
今腕の中にいるのはかけがえのない存在なのだ。
それに、こんな態度を見せてくれるのは自分だけだと知ってしまっている。
坂本は笑みがこぼれるのを抑えられなかった。

しかし、そんな雰囲気に浸っている場合ではないことも分かっていた。
あんな大人数を相手にしていたのだ。見るからに怪我もひどい。頭を打っているかも
しれない。
「病院嫌いもいい加減にしろよ。これ以上心配かけさせないでくれ」
そう言ったら、葛西の頭が寄りかかっていた坂本の肩から少し浮いた。
「・・・わかったよ」
そう言ってまた坂本の肩に頭を乗せてきた。
その時頭上から押し殺した笑い声が聞こえてきた。見上げると、鬼塚だった。

「鬼塚、なにがおかしい」
葛西の言葉はひどくだるそうだ。
「悪ぃ。馬鹿にしてんじゃねぇよ。」
そう言っても尚、鬼塚は声を殺して笑っている。
「葛西、俺をやってくれた時とは別人じゃねぇか。そんな顔もするんだな」
「関係ねぇだろ」
「怒んなよ。安心してんだよこれでも。まぁ同類だな」
「あ?」
「そういう顔が出来る相手がいて、よかったじゃねぇか」
鬼塚はそう言って、ランチコートのポケットから携帯を取り出した。
「ああ、くそ、やっぱ電波ねぇや」
葛西も坂本も察しが良い方なので、今のやり取りで鬼塚が自分達と同じ状況にあると
把握してしまい、まだ前田と薬師寺でもめており、人だかりが出来ている場所に目を
やった。
そんな二人を目にして鬼塚は苦笑した。
「ここにはいねぇよ。喧嘩には強い方じゃなくてな。出来れば呼びたくねぇんだ」
それでも鬼塚は携帯を空にぶらぶらさせていた。
そうしていると、向こうから鬼塚と同じ制服を着た小さな学生がこちらへ近づいて
きた。
「鬼塚さん、連絡取った方がええんやないか?」
関西弁のその学生の目が笑っている。
「えらい心配してたでぇ。心配通り越して怒っとるかもしれんなぁ」
「だから今連絡取ろうとしてんじゃねぇか。須原さっさと上出るぞ」
「鬼塚さんは病院行った方がええで。ワイらは大したことあらへん」
「そうするけどよ、お前らも病院行くぞ。何があるかわかんねえからな」
「うーん、やっぱそうした方がええか。ほな上山くんらに言っておくわ」
須原と呼ばれた学生はそう言ってまた人の輪に入って行った。
どこか飄々としたイメージだ。
今度は葛西が声を殺して笑う番だった。
「・・・何がおかしい、葛西」
鬼塚の声も笑っている。
「なんだ、鬼塚、尻に敷かれてんのか」
「ああまぁな。お前と一緒だよ」
こちらでも勃発しそうになった頭同士の喧嘩を止めるはめになった坂本だった。





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