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特別なひとつ









朝日が天に昇る。今日はいい天気になりそうだ。

俺は重圧感を感じて目が覚めた。
体に何か乗っかっている。重い。
確かめてみると、葛西の腕だった。重いわけだ。

俺がみじろぐと、葛西も目を覚ましたようだった。
後ろから抱きしめられる。葛西の肌が直に俺の肌に触れる。
「起きたか?」
「ああ」
葛西の声はまだ眠そうだ。
葛西は寝起きがあまり良くない。
俺をひとしきり抱きしめた後、体を離して枕の横に置いてあったタバコを取り出した。
俺は横になりながらも葛西の方に体を向けた。
「今日休まねえか?」
葛西の言葉に一瞬違う意味を捉えてしまったが、思い当たるふしがあった。
「駄目だよ。葛西。出席日数は大事だぞ」
「行きたくねぇんだよ」
苛々としながら葛西はタバコを吸う。
しかたのないことだが・・・。
「一緒に卒業出来なくなっても、知らねーぞ」
葛西は一瞬俺を見て、しぶしぶ頷いた。

通学路の途中でコンビニがある。
大抵いつもそこで購買で買う昼飯に付け足す食べ物を買ったり、タバコを買ったりして
いた。
「俺コンビニ寄るけど、入るか?」
「いやいい。外で待ってる」
葛西は言葉通り外の喫煙所でタバコを吸い始めた。
俺は切れていたタバコと、必要か不必要かわからないものを購入した。

「お待たせ」
「そんなに待ってねぇよ」

そういう葛西の顔は、誰も見たことがないだろう、優しい表情。
俺はこのカオが好きだった。
でもこのカオが伺えるのは目の中だけで、はたから見たらやっぱりガラの悪い面を
してんだろうなと思ったら、笑えてきた。
「なんだよ、笑ってんぞ」
「別に。行こう」
葛西の腕を取り、学校へと向かう。
正直俺も今日は学校へ行きたくなかったが・・・。




学校へ着くと、まず葛西の下駄箱を見た。
下駄箱の蓋が少し浮いている。
横の葛西を見るとやはり不機嫌さを表に思いっきり出していた。
「ちゃんと開けろよ?」
そう言って、俺も自分の下駄箱へと向かう。
蓋を開けたのは二人同時だった。


ドバドバドバーーーーーーーーッ


そこからは大量のチョコレートが雪崩落ちてきた。
思わず苦笑とため息がもれる。
葛西の方を見ると今にもチョコを蹴飛ばしそうな勢いだった。
「やめろ、葛西。チョコに罪はない」
「捨ててぇ」
「もったいないな。もらっておけよ」
しかし葛西の目は、自分の報酬よりも俺の足元に転がっている産物に対して睨んでいた。
「ちっ・・・この気色ワリい習慣、なんとかならねぇのかよ」
葛西が足元に転がっているチョコレートを足でつつく。
「まぁトップだからな、しょーがねーだろ。俺は一応ナンバーツーだし」
「笑ってんじゃねぇよ。いるかこんなもん」
「おお!相変わらず大量だなあ!」
「リン・・・」
いきなりリンが背後から声をかけてきた。
「この分じゃ葛西も坂本も教室じゃえらいことになってんじゃねーか?」
やけに楽しそうに話すリンに思わず二人してガンを飛ばす。
「面白がってんじゃねーよ」
「いやいやいや!待て葛西!ほら!使えるもん持ってきてやったからよ!!」
そう言ってリンが取りだしたのは二つのごみ袋だった。


教室へ行くと、ため息がこぼれた。
俺と葛西の机に大量に積まれたチョコチョコチョコ。
葛西は「な?」と明らかに面白がっているリンに一蹴を喰らわせ、チョコをゴミ袋に
なだれこませた。
「捨ててぇ・・・」
「言ったろ葛西。チョコに罪はない」
「屋上行くぞ」
「え?ああ」
一通りチョコをゴミ袋に詰めた葛西が言ってきたので、俺も自分の分を片づけて葛西
と共に屋上へ向かった。


屋上では葛西はかなり不機嫌だった。
葛西の隣に行き、俺はタバコに火を点けた。
すると葛西の顔が近づいてきた。
俺は素直に目を閉じた。

軽い、キス。
数回繰り返して葛西は離れた。

「なんでそんなに不機嫌なんだよ。去年も一昨年も変わりねぇだろ」
「俺はまだ分かる。なんでてめーにまであんなに来るんだよ」
苛立ちを抑えきれない口調で葛西は言った。
その言葉に喜びさえ覚えてしまう。
だが内心複雑だ。
俺よりも各段に量があった葛西へのチョコレート。
あの中には、本命があるだろう。
もしかしたら大半が本命かもしれない。
そう思うと、胸が重くなるのを感じた。
優越感を感じてしまっている自分にも自己嫌悪だ。

「どうした?」
察しのいい葛西が俺の様子をたずねてくる。
他にはそんなことしないのにな。本当にずるい男だよお前は。
「別に。今年は思ったより多かったな」
笑う俺に、葛西は苦笑を返してくれた。
「数も問題だが、一番の問題は内容だな」
「内容?」
「俺は頭だからっつーのもあるだろ。でもてめーは違う」
「・・・そうか?」
「危機感持て。少しは」

朝礼のチャイムが鳴ったが、俺達はその場にいた。
「持たなくていーじゃん。お前がいるんだし」
そう、俺には、葛西がいる。
他の誰とも、変えられない。かけがえのない、葛西がいる。

「あ、そうだ葛西」
「なんだ?」
「いらねーかもしれねーけど・・・」
俺はさっきコンビニで買った板チョコを取り出した。
この日にあげるのはどうかと思ったが、葛西に俺の気持ちを知っていて欲しかった。
「俺にか?」
「他に誰がいるんだよ。いらねえなら捨てちまっていいから」
「・・・ありがとよ」

葛西は笑ってキスのお返しをくれた。



オンナノコが好きなオトコにチョコを渡すバレンタインデー。
こんなことがあってもいいだろうと、俺は思った。





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