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思い出の場所









「ほらよ」
放課後、帰りの支度をしていた俺の机に二枚のなにかのチケットが放り出された。
顔をあげると、そこには葛西がいた。
俺とは視線を合わせない。
「なんだよこれ・・・水族館のチケット・・・?」
俺はまじまじとそのチケットを見た。
そこにはサンシャイン水族館と書かれてある。
「え、これ、どうしたんだよ?」
葛西がこんなものを持ってくるのは珍しい。
頓着しないのだ。こういうものには。
仲間内で誘われることもあったが、葛西はめんどくさいといつも断っていた。
「山中にもらった。いらねぇんだとよ」
もう一度チケットを見ると「ペアご招待」と書いてある。
ということは、ペアでなければ使えないチケットということだ。
「寂しいな、山中」
悪いと思ったが、噴いてしまった。
「で?それを俺にくれんのか?」
「他の奴と一緒に行けとは言ってねえ」
その言葉にまたしても噴き出してしまった。
なんて葛西らしい誘い方だろう。
つまりは、「二人で行こう」ということなんだろう。
視線を合わせないのは照れているからだろうか。
俺はここが学校でなければ、他に人がいなければ、葛西にキスをしてやりたくなった。
「いつ行く?」
俺は鞄を手に取って立ち上がり、葛西と向き合った。
「いつでもいい」
あくまで興味なさそうな態度で葛西が言う。でも視線は逸らしっぱなしだ。
「じゃあ今日行こうぜ。予定何もねーし」
俺は葛西の腕を引いた。




久しぶりに、本当に久しぶりに来た、という感じだった。

中学で初めて葛西と一緒に入った水族館。
その頃の葛西は、今もそうだが水族館に興味なんて持っていない印象が強かった。
でも俺は水族館が好きだった。
葛西にそう言うと、「じゃあ行くか」とふたつ返事で付き合ってくれた。
薄暗い中、水槽を自由に泳ぐ魚達を見ながら、葛西と館内を歩くのが好きだった。
あの頃は魚が止まってしまうと死んでしまうということなんて思ってもいなかった。
自由に泳ぐ魚達。
葛西は興味なさ気に見ていたが、それでも俺の言葉に短いながらも返答を返して
くれていた。
高校に入ってからも幾度となく一緒に行った。
その頃から、俺の魚を見る目は変わっていった。
(今の葛西みたいだ・・・)
その時は言葉には出さなかったが、必死に泳いでる姿を見ると、胸が痛くなった。
それでも俺は魚を見ることをやめなかった。
魚を見ながら、葛西、お前は止まってもいいんだぞと、水族館を訪れる度思っていた。
そんな時も葛西は隣にいてくれた。
いつも無言で水槽を眺めていた葛西。あの時葛西は何を思っていたのだろう。
何も思うことがなくても付き合ってくれる葛西が、俺はどうしようもなく好きだった。

葛西が四天王狩りを始めて、距離を置くようになってから、一人で来たことがある。
その時はただ泳ぎ続ける魚を、ただじっと見ていた。
何かに追われているような、葛西に似た魚達。
止めたいと思った。もう泳ぎ続けることを、やめてほしかった。
それは葛西の敗北を表していた。
どうしたら負けてくれる、どうしたら止まらせてあげられる、どうしたら、そんな
必死な行動を止めることが出来る。
そんなことばかり思い水槽を眺めていた。




「相変わらず、狭いな」
通路を歩きながら葛西が早速文句をたれた。
俺は無言で水槽を眺めて歩いていた。隣には葛西がいる。
俺が立ち止ると、葛西も付き合ってくれた。
目の前では魚が悠々と泳いでいる。あの頃感じた焦燥感は今は感じられない。
止まってくれた、葛西。
「俺さ、四天王狩りの時、一回一人で来たんだ」
四天王という言葉に、葛西はもう怒りを露わにはしなかった。
「お前みたいだなーって、思ったよ。必死で泳いでる魚が」
「それであの下らない台詞か」
「的を得てただろ」
「・・・そうだな」
いつになく素直な葛西。俺の想いも届いているだろうか。
「止まってほしいって、思ってたよ・・・」
「わかってた」
「え?」
「てめえが俺を止まらせようとしていたのは分かってた。でも俺は仲間を失うことが
怖かったんだ」
「ああ・・・そうだな・・・」
薄暗い館内。俺達は一瞬、手を繋いだ。
「俺も一人で来た。・・・お前を殴った後だった」
「葛西・・・」
「てめえの言葉が離れなくてな。こうやって水槽見てたら、マジで俺みてーだって
思ったぜ」
「それから、吉祥寺か」
「ああ・・・俺は誰にも媚びてねぇ。自分一人でやってんだってマジになってたな」
「もうお前は魚じゃねーよ」
「・・・坂本・・・」
葛西が俺を見る。珍しい、少し幼さの感じる瞳だった。
いきなり葛西が舌打ちをした。
「どうした?」
「今すぐヤリてぇ」
俺はその言葉に立ち止っているのに転びそうになった。
「帰ったら、覚悟しとけよ?」
葛西が笑う。不敵に。
「俺が覚悟しよーがしまいが関係ねーだろ、誰かさんは」
俺の嫌みにまた葛西が笑う。今度は穏やかに。
水槽の明かりに照らされたその笑顔をずっと見ていたいと思った。







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