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Snowy sinter









「うー寒ぃ・・・。今日雪降るってなぁ」
朝の挨拶もそっちのけで、リンは体を擦りながら教室へ入り、教室の後ろの奥、葛西と坂本の席へ
寄って行った。
そして後悔した。
葛西の目が据わっている。かなり、怖い。

葛西の前の席には、西島がイスを葛西に向け、腕を組んで座っていた。
リンとしてはすぐにでもまわれ右をして自分の席に戻りたかったが、葛西の不機嫌の理由も気になる。
どこかとの抗争でもあるならば、自分も避けるわけにもいかない。
話しが聞けるかどうかも分からないのだが、リンは葛西の隣の席、坂本の席の前に座ることにした。

「・・・ど・・・どうしたんだよ葛西・・・?」
恐る恐るという言葉はこの時のリンの為にあったような態度で、リンは葛西にではなく坂本に聞いた。
「この間の連休、坂本はバイトだったんだってよ」
問われた坂本は、それまでじっと葛西に向けていた顔をリンへと向けたが、返答はリンの隣から聞こ
えてきた。
西島の表情はサングラスで見えないが、全身からため息を吐きだしているような雰囲気を醸し出して
いる。
「はぁ?」
それが葛西の不機嫌とどう理由があるのか、そう言いかけた時、眉間にしわを寄せたまま葛西が口を
開いた。
「ちっ・・・ずっと家にいる羽目になったぜ・・・」
「だから埋め合わせするっつてるだろ」
「あてになんねーな」
「俺が外したことあるかよ。いい加減機嫌直せ」
「ふん」
葛西は席を立って教室から出て行った。坂本もそのあとに続く。
リンは呆然とその光景を見ているしか出来なかった。
「・・・なんで坂本のバイトと葛西が関係あるんだろうなぁ・・・」
リンの言葉には力が入っていない。
「今更だろ」
西島は今度は盛大にため息を吐いてリンの肩に手をやった。




「うっわ、マジで寒ぃ」
放課後、喫茶COREから二人で出た時、もう日は暮れていた。
坂本はマフラーを顎にまで上げた。
「おまえ、寒くねえの?」
「寒ぃよ」
「あはは」
銜え煙草の葛西の言葉は、でもはっきりと聞こえる。
葛西はいつも通りのスタイルで、この寒さの中平然としているように見える。
「お前さあ、いつまで不機嫌でいるんだよ。みんなも怯えてたぞ」
そう、COREでも葛西は不機嫌だった。直らないしかめっ面。
「もともと目つきわりーんだから、気をつけろよ」
「うるせーな。誰のせいだ」
「わかってるよ」
「ちゃんと店で飯食っただろ」
「え?」
「慣れねーことして疲れてんじゃねーのか?」
「葛西・・・」
坂本は俯いた。頬が熱い。
葛西は、優しい。
昔の仲間に言えば信じられないことかもしれないが、今はみんな理解してくれるような気がした。
葛西は、こんなにも不器用で、優しい男なのだ。



家へ向かう路地へ入った時、葛西が坂本の手をとった。
「葛西?」
「どうせ誰も見てねーよ」
こちらを見ない葛西。坂本は葛西の手を握り返した。
「あ」
気付いたのは同時だった。
あとからあとから、雪が降ってくる。
二人は少しの間立ち止り、そして歩き出した。
手は繋がれたまま。
何故か、坂本は泣きそうになった。繋がれた手が暖かい。葛西の存在が、染みてくる。
今、自分は、葛西の隣を歩くことが出来ている。



葛西の家に着き、エアコンで暖まった部屋で、寒さで強張った体から漸く力が抜ける。
坂本がコーヒーを淹れて部屋へ戻ると、葛西は着替え終わってテーブルにつき、タバコをふかして
いた。
マグカップを二つ、テーブルへと置くと「サンキュ」と答えられた。
もう葛西の機嫌は直っているようだった。
「どうしてバイトしたのか、聞かねーんだな」
「あ?金の為だろ」
「あはは。率直だな」
坂本は横に置いてあったカバンから、小さな黒い箱を取り出し、葛西の前に置いた。
「あ?」
「ちょっと早えーけど、クリスマスプレゼントってことで」
葛西は驚いた表情で坂本を見て、目の前の小箱に視線を移した。
箱には「Zippo」と書かれていた。
「それ見た時に、お前にあげたいって思ったんだよ」
箱の中には、シルバーに龍の刻印が施されているジッポライターがあった。
「・・・高かったんじゃねーのか?」
「だからバイトしたんだよ」
今の生活は、バイトしなくても充分過ごせるが、これだけは自分の金で買いたかった。
そう言うと、葛西は坂本を抱き寄せた。
葛西らしい、坂本限定の気持ちの表し方だった。



「石とオイル買わねーとな」
「え?そんなんいるのか?」
無知な坂本の言葉に、葛西は笑った。





まだ夜は明けない。
また朝まで二人でいよう。






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