<<SS



クリスマス・イヴ









COREに先に着いたのは坂本だった。
入口には当然のようにクリスマスツリーが飾られてある。
だが坂本はそれに目もくれず中へと入って行った。
「よお、坂本」
「坂本さん、チワっス」
「なんだ、本当にみんな集まってたんだな」
次々と交わされる挨拶に答えながら店内を見渡す。
店内は正道館の仲間で埋め尽くされていた。
当然こんな中に入る一般客はいるはずもない。
「あれ?葛西さんは?」
当然のような質問が坂本へと投げかけられた。
「先に行けってよ。なんか用事があるみてぇ」
「坂本を置いてかー?珍しいな」
リンが驚きの声をあげた。リンの隣では、私服姿で更に老けてみえる西島が腕を組んで座っていた。
「葛西さんだって一人で買い物する時ぐらいあるだろ」
西島の言葉に坂本は曖昧に笑って答え、奥の空いている席へと着いた。

葛西の行動には思い当たる節があったが、期待していいものか少し不安だ。
期待すればするほど、外された時やはり少なからずショックを受けるだろう。
あまり考えないようにしようと坂本は思った。

葛西がCOREに入って来た時、結構な時間が過ぎていた。
手ぶらである。
坂本は葛西への挨拶が飛び交う中、少しだけため息を吐いた。
少しでも期待を抱いていた自分が、なんだか滑稽に思える。
それでも、当たり前のように葛西が自分の前の席に着くことに対しては、嬉しさを感じた。



「で、今日はなんなんだよ」
正道館の頭の声が店内に響く。
だが、そこには絶対的な響きはあったが、威圧的なものはどこにも感じられなかった。
「何って・・・葛西お前今日何の日かわかんねーのか?」
リンが信じられない目つきで葛西を見ていた。
「何の日かわかってっから聞いてんだよ」
「えーっじゃあ聞くことねーじゃんか。クリスマスパーティーだよっ」
あっけらかんと言ったリンに、坂本は笑ってしまった。
葛西は憮然としている。
「ヤローばっかでか」
「リンは予定が狂ったんだよ、葛西さん。女つくるっていきまいてたのになぁ」
「黙れ!勉三さん!いーじゃねーか仲間内で騒ぐってのも!」
ムキになるリンに、仲間達からも笑いの声が漏れる。
坂本が葛西の方を見ると、葛西も口の端だけだったが笑っていた。
葛西が文句を言いながらも仲間と一緒にいることを楽しんでいることが、坂本にはわかった。
それだけで充分坂本も幸せな気持ちになれる。
それは葛西の孤独を知っていた坂本だからこそ、感じ取れる喜びだった。


COREのマスターからは、サービスとしてケーキが振る舞われた。
「マスター、いいのかよ」
「いいんだよ葛西くん、どうせ暇だったしね。皆いる方が楽しいよ」
そう言いながら人のいいマスターはケーキを切り分けてそれぞれの席へと置いてくれた。
坂本も礼を言いながら、ケーキへと視線を移した。ショートケーキである。
坂本は上に乗っかっている苺にフォークを刺し、それを目の前の葛西へ「ん」っと向けた。
「あ?お前まだ嫌いなのかよ」
「ケーキ自体は好きなんだけどなぁ。丸々一個の苺はいらねぇ」
「たく、しょーがねぇなぁ」
葛西はそのまま差し出されたフォークの苺にかぶりついた。
坂本は満足し、苺の無くなったケーキを食べにかかろうとして、廻りがいきなり静かになったことに
顔を上げた。
見ると、仲間達が呆然とこちらを見ている。
「あ?どうしたんだお前ら?」
「いやっなんでもねえ!いただきまーす」
「い・・・頂きます・・・」
坂本はそんな光景を見て変な奴らと思ったが、それ以上は気にしなかった。
葛西は笑いをこらえていた。




ゲームやら雑談やらで一通り盛り上がり、店を出た時にはもう既に日はとっぷりと暮れていた。
吐く息が白い。
坂本は葛西の隣を歩いていた。
「結構楽しかったな」
「悪ノリにも程があんだろ。ヤロー同士で王様ゲームなんてやるもんじゃねぇ」
「はははっ山中マジでビビってたな。あんま睨んでやるなよ」
「俺を当てやがったあいつが悪い」
ゲーム自体は本当に下らないものだったが、それなりに楽しかった。
文句を言っている葛西だが、醸し出している雰囲気は柔らかい。
坂本は、それだけで今日は良い日だと思える自分が、おかしかった。




家へ着いてリビングに入ると、テーブルに見慣れない袋が二つ置かれてあった。
「あれ?こんなのあったか?」
坂本が振り向くと、葛西は視線を外した。
「葛西?」
「・・・」
葛西は無言で坂本の横を通り抜け、テーブルの傍に座った。
坂本もいつもの定位置に腰を下ろした。
「こっちが俺ので、これがお前のだ」
そう言って葛西は一つの袋を坂本の方へと押しやった。
「・・・開けていいのか?」
「開けなきゃ意味ねーだろ」
坂本は袋に手をかけた。
中に入っていたのは、まだ見慣れない、真新しい携帯電話だった。
「これ・・・」
「あった方が都合いいだろ」
「もしかして、これ買って家に戻ってたのか?」
声が震えてしまう。
「二体分契約してきたからな・・・思ったより時間かかった」
「・・・」
坂本は無言で手の中の携帯電話をじっと見ることしか出来ないでいた。
言いたい言葉が喉につまって出てきてくれない。

坂本が固まっていると、葛西の腕が伸びてきて、坂本の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
「わっなんだよ」
「そのカオだけで、充分だ」
坂本は目を見開いた。
目の前では葛西が満足気にタバコを吸っている。
「・・・ありがとな」
漸く、時間をかけて坂本はその一言を口に出すことが出来た。




このすぐ後、二人分の使用料を払うと言う葛西と自分の分くらい払えるという坂本との間でちょっと
した喧嘩が勃発した。






<<SS