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New Days









「ん?」
葛西が風呂から上がり部屋へ戻ると、坂本が机とにらめっこをしていた。
煙草を片手に、かなり真剣な表情をしている。
坂本の視線の先を見ると、何やらカラフルな紙が重ねられている。
「何やってんだ」
葛西が傍に座ると、漸く坂本が顔を上げた。
「今年どうしようかと思ってんだ」
「あ?」
そう言いながら目の前に差し出されたその紙を見ると、重箱に所せましと並べられたおせち料理の写真が
飛び込んできた。
「こんなんで悩んでたのかよ」
「毎年買ってたけどな、今年は作ろうかと思ってさ」
「別に買えばいいじゃねーか」
「多く買えばその分出費がかさむだろ」
「あ?いつもと同じ量でいいだろ」
「今年は環境が変わったからなぁ」
やけに嬉しそうに坂本が言う。葛西はその環境の違いを考えた。
大きく変わったことと言えば、仲間達との間柄だ。
葛西がトップなことは変わりないが、以前より格段に仲間達は今、葛西に対して心を砕いている。
だが。
「あいつらが来るってのかよ」
それは流石に考えられないような気がした。いくらなんでも、ほとんど家に来ない連中がわざわざ正月に
訪ねて来たりしないだろう。
「んーさあな」
坂本の答えは曖昧だった。それでも目はさっきから嬉しそうな色を纏っている。今年葛西を取り巻くその
環境が変わってから、よくするようになった笑顔だった。
「まぁ好きにしろよ。いちいち悩むもんでもねーだろ」
「一人だったらどうでもいいことなんだけどな」



葛西は暗くなった部屋で坂本の寝顔を見つめていた。
中学で知り合い、親友となり気づいたらいつでも一緒にいるようになった。
初めて一緒に正月を過ごした時、流石に「帰らなくていいのか」と聞いた葛西に対して坂本は「帰りたく
ねぇ」とだけ言った。それだけで充分だった。
それから葛西はその言葉を言うことはなくなった。
もう坂本が隣にいることが当たり前になっている。
葛西は先の会話を思い出した。あんな会話は坂本とだけしかしない。
当たり前のように一緒にいて、また同じ時を過ごす。
坂本の存在は家族なんか比にならない程、大きい。



元旦。
葛西が目を覚ますともう昼を廻っていた。坂本の姿は部屋にはない。
顔を洗ってリビングに入ると、坂本は暇そうにやけに喧しいテレビを見ながら煙草をふかしていた。
テーブルには坂本が手際よく作ったおせち料理が並んでいる。量は、あきらかに多い。
「暇そうだな」
「あ、起きたか。おはよう」
葛西はテーブルにつき、目の前の料理に手を伸ばした。
「こら、箸使え」
「暇だったんなら起こせばいいだろ」
「正月ぐらいゆっくり寝てろよ」
「お前は昼寝か?」
「今日は出来ないだろうな」
今度は差し出された箸でおせちをつまむ。
初めて作ったとは思えないほど、どれも今まで食べてきたものより美味かった。
「お前この前から何言ってんだ?誰も来たりしねーよ」
「どうだろうな」
「おい、すかしてんじゃねー。何か知ってんならはっきり言いやがれ」
何かを隠しているような坂本の様子が気になる。葛西は坂本を殴るふりをした。
「あはは、そのうち分かるよ」
坂本が軽く振りあげられた葛西の拳を手でガードする。目には穏やかな笑みを浮かべたままだ。
葛西が言葉を続けようとした時、インターホンの暢気な音が室内に響いた。


ピンポーンピポピポピポピンポーン


葛西は思わず玄関の方を凝視した。こんなチャイムの鳴らし方をする奴は初めてだ。
「・・・誰だ」
「自分で出ろよ」
「めんどくせえな」
「いつも俺に出させてないでたまには自分で出やがれ」
「ちっ・・・」
こういう所は、坂本に敵わない。確かにいつもこういう時出迎えるのは坂本にまかせていた。
葛西はしぶしぶ立ちあがった。なんだかひどく、行きたくない。
葛西がドアを開けようとした時、遅いと言わんばかりにまたチャイムが鳴った。


ピポピポピポピポピンポーンピンポーン


葛西の目が据わった。
「うるせえっ」
ゴッ
「よぉ、葛西」
「あ?・・・鬼塚?」
葛西が勢いよくドアを開けると、そこには忘れられるはずもない、渋谷の頭の姿があった。
「もう一人いるぜ。そこにな」
鬼塚が指を指した場所、葛西の足元に視線を動かすと、頭を抱えているリーゼント頭の苦しそうな姿があった。
「・・・薬師寺か?」
どうやらさっきのにぶい音は、葛西が開けたドアに薬師寺が直撃した音だったらしい。
顔を上げた薬師寺は涙目だった。
「葛西!てめー何しやがる!!せっかく遊びに来てやったのによ!!」
「あぁ?頼んでねぇよ。目の前にいたてめーが悪いんだろ」
「このやろー!ぬけぬけとっ・・・」
涙目で胸倉を掴んでくる薬師寺を、一発殴っとくかと葛西が思った時、後ろから制止の声が響いた。
「玄関先で何やってんだよ。葛西、新年早々物騒なことはやめとけ」
葛西の拳は坂本に抑えられて出る機会を失った。
「よぉ、坂本。久しぶりだな」
「鬼塚。薬師寺も。よく来たな」
暢気な坂本の態度に、笑顔に、薬師寺も毒気を抜かれたようだった。



「うおーうまそうじゃねーか!」
重そうなスーパーの袋を両手に持ちながら(はたから見ても分かる、中身は酒だ)、薬師寺はテーブルに
並べられた料理に目を輝かせた。
「・・・何しにきやがった」
「あ?だから遊びに来てやったんだよ。暇だったからな」
「鬼塚もか?」
「正月なんてやることねーからな」
「だからってうちに来んじゃねぇ。住所教えた覚えなんかねーぞ」
「電話で聞いた」
「・・・坂本か・・・」
葛西は頭を抱えた。
「連絡先は知ってたからなー」
「てめぇがしつこく聞いてきたんだろ、薬師寺」
「いいじゃねーかせっかくなんだし。葛西これ食っていいか?」
絶対食うなと言いたかったが、タイミングよく坂本が箸と皿をキッチンから持ってきた。
「遠慮なく食えよ。久しぶりだな薬師寺。ほら鬼塚も」
「サンキュー坂本!」
「悪いな」
今度は床に置かれた酒を整理しようとする坂本の腕を葛西は取り、隣に座らせた。
「いつの間に仲良くなってやがんだお前ら」
「鬼塚の救急車呼んだの俺だしな。薬師寺とはキョクト―ん時話したんだよ」
「あ?鬼塚の救急車?」
薬師寺がおせちをほおばりながら顔をあげる。
「薬師寺ん時も呼ぼうと思ったんだけどな。後からすぐに可愛い子が来たからな」
「なんだ薬師寺、お前彼女いたのか」
「うるせー!ちげぇよ!・・・前田の彼女だよ」
「は?あの千秋って子か?」
「言うな!」
薬師寺と鬼塚が勝手に盛り上がってしまったので、坂本が視線を横に移すと、勝手に酒をあけている葛西の
姿があった。
「あー!葛西!勝手に飲んでんじゃねえ!」
「うるせー勝手に騒いでろ」
「葛西俺にもくれ。ビールでいい」
こうして元旦早々、葛西の家では未だかつてないメンツでの飲み会が始まった。



葛西が毛布を持って二階から降りて来た時、坂本が玄関から入ってきた。
手には近くの薬局の袋を持っている。
「何買ってきたんだ?」
「これ」
「・・・あ?二日酔いの薬じゃねーか」
「多分薬師寺にはいるだろ」
「わざわざ買ってきてんじゃねーよ」
「俺が今日行かなきゃ、明日お前が行ってただろ」
「・・・ふん」
図星を指され、目をそらす。
そのままリビングに入っていき、床に沈んでいる薬師寺に毛布を放り、煙草を燻らせている鬼塚にも手渡した。
「悪ぃな」
「寝たかったら勝手に寝てろ」
「ああそうする」
鬼塚はそう言って、もたれていた後ろのソファに横になった。
テーブルには空き缶やら空き瓶やらが散在していた。
テキーラの瓶は空になることなくテーブル中央に鎮座している。
悪ふざけでテキーラショットを決めて、すぐさま薬師寺は落ちて行った。
「片づけは明日にするか。起こすと悪いな」
「そうしとけ。部屋戻るぞ」
葛西は冷蔵庫に入っていた缶ビールを二つだけ持って、坂本を部屋へ促した。



「楽しそうだったな」
「あ?どこがだよ」
部屋で2人で缶ビールを開ける。
「あそこまで近い立場の奴らなんて、いないだろ」
「薬師寺が浅草の頭なんて考えられねーな」
「あはは、確かに貫録はないかもな。でも結構確信つくこと言うよな」
「そうか?」
「一緒に住んでんのかって聞かれただろ。どう答えていいか、ちょっと困ったな」
「・・・」
どういう話しの流れだったか、明日の朝食の話しになった時に、薬師寺がふと聞いてきた言葉。
「酔っ払いの言ってることだ。真に受けて答えることねーだろ」
「そうだな・・・」
「住んでるって言えばいいだろ」
「え?」
「一緒に住んでるっつえばいいんだよ」
「葛西・・・」
「嫌か?」
坂本は俯き、「嫌じゃねぇよ」と言った。



翌朝、2人は鬼塚に起こされた。
勝手に部屋に入ってきた鬼塚は、2人が同じベットで寝ていることに何も言わなかった。
「薬師寺が二日酔いで苦しんでんだよ。なんか薬あるか?」
その言葉に坂本は噴き出した。葛西も焦ることなく起きだし、3人でリビングへと降りる。
リビングでは、鬼塚が寝ていたソファに薬師寺が青い顔をして横になっていた。
「ほら薬師寺、薬」
「あぁ〜、悪ぃ・・・」
薬を渡す坂本を見ながら、今日は薬師寺の看病をするはめになるのかと、葛西は鬼塚の横でため息を吐いた。







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