川島率いる大阪の面々が帰って行く。
それを中指を立てて見送るという奇妙な光景の中、坂本はそんな連中から少し距離を置いて立っていた。
程なくして前田と薬師寺の子供じみた喧嘩が勃発した。
人ごみの中から、西島は坂本へと歩み寄った。
「あれが浅草の薬師寺か。てんでガキだな」
西島が声をかけても、坂本からはなんの反応もなかった。
西島が坂本の様子を見やると、ある一点をじっと見続けている。
その視線を追うと、葛西が鬼塚と笑いながら煙草を吸っている姿が目に入った。
西島は納得すると同時に、疑問に思った。
坂本は動かない。
いつもなら、こういう時坂本は真っ先に葛西の所へ行くのだ。
正道館ではもうそれは通説となっていた。
初めて葛西に殴られ、病院送りにされたというあの時でさえ、坂本は何の躊躇いもなく葛西へと進んでいった。
「坂本さんは葛西さんのことしか見ていない」
誰かが冗談交じりに言っていたことだが、それはあながち外れてはいなかった。
仲間思いで、廻りに気を配る坂本だったが、最後には葛西の隣にいる。
そんな坂本が今、動こうともせずただじっと葛西を見ている。
西島が何も言えないでいると、坂本がふと背を向けた。
「坂本?」
「帰る」
坂本はその一言だけを言って、その場から去って行った。
何も言うことは出来なかった。
何もかも、その背中が拒否しているように感じられた。
葛西は一人部屋で煙草を吸っていた。
今ベットの上には自分しかいない。
顔にはガーゼや絆創膏が貼られている。
極東との決着がついたあと、柄の悪い連中仲良く池袋の病院で治療を受けた後だった。
寝不足と疲れで早々に横になりたいが、そんな気分に落ちつき横になることが出来ず、だらだらと起き続けて
しまっていた。
日はもう暮れかかっている。
短くなった煙草を灰皿に揉み消し、また新しく取り出す。
もう何本目になるか分からない。
二年前のあの時。
鍵を渡してから、坂本はこの家に入り浸るようになった。
始めのうちは家に来ていいか尋ねていたが、そのうちそれもなくなった。
「鍵持ってんだろ。勝手に入ってろ」
葛西が断ることも一度もなく、そんな言葉を言い続けているうちに、坂本がこの家に来ることが当たり前になって
いた。
一度だけ坂本が来なくなった時期がある。
四天王狩りの時だ。
あの時、坂本は一層仲間から距離を置き、葛西のことも避けていた。
自分から喧嘩を売ることはしない坂本。
ただ単に気乗りしないだけなのだろうと思っていた。
坂本があそこまで自分のことを気にかけていたことに気づけないでいた。
葛西はじっと自分の手を見た。
初めて坂本を殴り倒した、あの時。
手と、胸が。ひどく傷んだ。
血だらけになった坂本を見た時、失ったと思った。もう二度と元には戻れないと。
それでも坂本は何もなかったような顔で戻ってきた。自分の隣に。
もう二度と見ることはないと思っていたあの笑顔と共に。
葛西はじっと見ていた手を握りしめた。
今日、何も言わず去って行ったあの背中。
気付いた時には、もう遅かった。
坂本はすぐに見えなくなってしまった。
声をかけることも、追いかけることも出来なかった。
坂本に背を向けられると、それだけで何も出来なくなってしまう。
自分はまた何か、坂本が去るようなことをしたのか。
葛西は昨日の夜のことを思った。
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