離れることなんて、考えられなかった。
坂本が泣きやみ、葛西の背に腕を廻しても、葛西は坂本を抱きしめたまま動かなかった。
この腕の中の存在を失いたくはない。
いつだって隣にいて欲しい。
「いつも・・・悪ぃ」
それは葛西が漸く絞り出した言葉だった。
「・・・ホントにな・・・」
坂本の声はさっきまでと違っていた。笑いを含んでいる。
葛西は少し体を離して、坂本の顔を見た。濡れているその頬に触れる。
もう坂本は笑っていた。
葛西の好きな、穏やかな笑顔だった。
今度は葛西が、坂本の肩に顔を押し付けた。
坂本の体温がすぐ近くに感じられる。
いつだって、何があっても、坂本はここにいてくれる。
自分の、すぐ傍に。
葛西は目を閉じた。
「もう離れんな。・・・頼むから・・・」
そう言った声は、自分のものとは思えない程弱く響いた。
でもそれで構わなかった。
何よりも、今の自分の本心だった。
「離れないよ。ここにいる」
坂本の声は穏やかだった。
葛西は坂本を抱きしめている腕に、力を込めた。
坂本が離れていったと感じた、あの時。
「言いてぇことあったら、言えよ」
「葛西?」
「・・・もう二度と殴らせんな」
葛西の声が震えた。
あの時、坂本の声に耳を傾けることをしなくなった。
そしてお互いを傷つける判断を坂本にさせた。
二度とあんな真似はさせたくない。
もうあの時とは違う。坂本の声を今は受け止めることが出来る。
葛西は顔を上げた。口の端を上げて笑う。
「ちゃんと聞くからよ」
穏やかな笑顔を返した坂本に顔を近づける。
二人は軽く、唇を合わせた。
葛西は坂本から顔を離し、時計を見て少し考え、舌打ちをした。
「葛西?」
「今すぐヤリてぇけどな」
「・・・いいけど?」
「んな顔すんな馬鹿。学校行くぞ」
「今から?お前が?」
「うるせぇ。西島が心配してんだよ」
「は?」
自分のこととなると鈍くなる坂本を引っ張り出し、学校へ行く途中で簡単に事情を説明すると、坂本は少し
申し訳なさそうに頬をかいた。
授業中に詫びることもなく二人が教室へ入ると、西島は満足そうに笑った。
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