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SWEET V.DAY 2









保健室のドアを開けると、机が倒れて横になっていた。
葛西が蹴り飛ばしたのだろう。
ベットではこちらに背を向けて寝ている姿が目に入った。
上の学ランは脱いでいる。
空調は効いているが自分ならこの季節あんな格好で寝たりしねーな。
坂本は葛西が寝ているベットの横に立った。



「葛西」
横を向いたままの葛西に話しかける。
「お前恥ずかしいマネしてんじゃねーよ」
「・・・なんのことだよ」
こちらを振り向かない葛西。声も不機嫌なままだ。
坂本はベットに手をつき身を屈めて、葛西の頬に軽いキスを落とした。
「坂本?」
漸く振り向いた葛西の目は驚いていた。
・・・今日久しぶりにちゃんと目ぇ見たな。
坂本はベットに腰かけた。
「俺にチョコやんなって、皆に言ったんだって?」
葛西は少しバツが悪そうに体を起こした。
「やるなとは言ってねぇ。俺の前で渡すなっつっただけだ」
坂本の傍には常に葛西がいる。それは皆知っていることだ。
つまり坂本に手渡すのは不可能ということになる。
恐ろしい言いつけを破る者はいなかったが。
「結局つまんねーもん見たけどな」
朝、山のように積まれた坂本へのチョコレート。
葛西は差出人を探し当てて一人残らず殴り倒したい衝動に駆られた。
「なんでそんなこと言ったんだよ」
ちょっとずるいかなと思ったが、坂本は聞かずにはいられなかった。
「むかつくんだよ。悪ぃか」
素直な葛西の言葉に、なんだかくすぐったい気持になる。
「ちっ・・・誰から聞いたんだよ」
「リンと西島。仲直りしてくれっつわれた」
「フン」
葛西は横に丸めておいた制服から煙草を取り出し、吸い始めた。
でも立ち去ろうとはしない。
坂本は少し目を伏せた。
「お前さ・・・今まで受け取ったことなかっただろ。俺の前では」
高校ではもちろんのこと、中学の時も坂本は葛西がチョコを受け取るところを見たことがなかった。
いつもつまらなそうに断ってばかりだった。
「机とかにただ置かれたモン見ても平気だったから・・・まさかこんな気持ちになるとは思わなかった」
差し出されたチョコレートを受け取る葛西。
それを見る度に、何とも言えない嫌な気持ちに襲われた。
葛西の想いを疑ったことなんてないのに、それはどうしようもなくて。
「お前が妬くなんて思わなかったな」
葛西が少し笑いながら言った。
妬く、という言葉に、坂本は苦笑した。
「俺も驚いてる」
まさか自分がこんなに嫉妬深かったなんて。
坂本が自嘲気味に笑う。
葛西はまた制服を持ち上げ、ポケットから四角い小箱を取り出した。
「ったく。つまんねー焼きもちやいてんじゃねーよ。ほらよ」
「え・・・?」
それはコンビニでもよく見かけるチョコレートだった。
中の商品は変わらないが、バレンタイン用にラッピングされており、リボンまで付いている。
「・・・買ってたのか・・・?こんなの・・・」
「昨日お前が買い物に出てった時コンビニ行ったんだよ」
坂本は葛西の顔を見た。葛西は目を合わそうとしない。
「・・・へへっ」
手の中の小さな箱を握りしめる。
今まで貰ったどんなチョコレートより、嬉しかった。
誰よりも大切に想う相手からなのだから、当然だ。
「・・・サンキュ」
笑顔で坂本が言うと、葛西も笑い返してくれた。
「あ・・・」
首に手を廻され、引き寄せられる。
お互いの顔が近づき、坂本は葛西からのキスを目を閉じて受け止めた。
「帰ったら、俺もやるからな」
冷蔵庫に眠っている昨日買ったチョコレート。
買う時少し躊躇ったことは、忘れてしまおう。



並んで帰る二つの背中を見送りながら、リンは盛大なため息を吐いた。
「よかった・・・怖かったぜ・・・」
「そうだな・・・」
西島も態度には出していないが、壮絶に脱力している。
「損な役回りだよなぁ・・・俺らって・・・」
「まぁ・・・いいんじゃねーか・・・」
二人の力の抜け切った声は、よく晴れた空に消えて行った。






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