「流石にめんどくせぇな」
坂本は暗くなった道を歩いて、一人ぼやいた。
手には二つの箱を持っている。
中身が中身なので、横にならないように気をつけるのが結構大変だ。
坂本は制服姿のまま、鞄と箱二つを持って歩いていた。
以前、葛西の家でケーキを焼いたことがあった。
その時意外にも服は汚れなかったので、こんども大丈夫だろうと制服のまま罰ゲームをこなした。
「あん時の箱、とっとけばよかったな」
たまたまスーパーで目についた、クリームチーズ。
その箱に材料と作り方が親切に載っていた。
今回とメニューは違ったが、あれを捨てなければ、わざわざ家に戻る必要もなかったのに。
型は使い捨ての紙製のものを使った。それを葛西と2人で食べたのだ。
なんだか今思っても笑えてくる。
男2人で何をやっているのだか。
坂本はあまり量を食べなかったが、次の日にはケーキは綺麗に無くなっていた。
葛西はそういう時何かを言ったりすることはあまりない。
あれだけの人数に指示を出し、統率出来るのだから気がまわらないということではない。
何も言わないが、態度をくれるのだ。
昔からそういう所があったが、今は殊更、あの無愛想な面の裏に人へ優しさを持っている。
だから今回もそうかもな、と、坂本は手に抱えた二つの箱を見た。
一つは、罰ゲーム。もう一つは、大切な人の為に。
恐らく何も言わないだろう。
今はただ腹を空かせているかもしれない。
「めんどくせぇことしてんじゃねえよ」
「わざわざ作ったのかよ」
「ガラじゃねぇな」
色んな悪態が思い浮かべられる。
それでも葛西は受け取ってくれるだろう。
人の温かさや、気遣いを知った葛西は。
合い鍵を差し込もうとして、ふとインターホンを鳴らしてみた。
しばらくすると、意外にも葛西はドアを開けた。
「鍵使えよ」
「珍しいな、お前が出るなんて」
「じゃあ鳴らすんじゃねぇ」
やはり葛西の口からは悪態しか出てこない。
なのにしっかりとドアを開けて、坂本が玄関に上がるのを待っている。
坂本はなんだかおかしかった。
葛西が、可愛い。
「なんだよ」
「別に。ほらよ」
笑っていることに気づかれたが、それも別に気にならない。
坂本は持っていた箱の一つを葛西に渡した。
「なんだ?」
「チョコレートケーキ。作ったんだよ」
「てめぇ二つも作ったのかよ」
「こっちはブラウニー。小さく出来るからな。お前はそれ責任持って食え」
「いいからさっさと入れ」
葛西は「ありがとう」も何も言わなかった。それでも受け取った箱をしっかりと手に持っている。
坂本は笑顔を浮かべたまま玄関へと入った。
「飯食ったのか」
「まだだよ。お前は?」
坂本はそう言って、靴を脱ごうとして気がついた。
「・・・カレーか?この匂い」
「食いたきゃ食え」
葛西はそう言ってリビングへと入って行ってしまった。
葛西が料理するなんて珍しかった。坂本がいない時はコンビニで済ますのが常だったのだ。
坂本は遠慮せずにカレーをもらった。
そのすぐ側では、葛西が箱からケーキを出して食べている。
坂本はそれだけで満足だった。
「ごちそうさん。美味かった」
坂本がそう言っても、葛西は目を合わそうとはしなかった。
黙々とブランデーのきいたケーキを食べている。
坂本は空になった食器を持ってキッチンへと入った。
皿を洗い終え、明日の朝食は何を作ろうかと冷蔵庫を開けると、無造作に銀紙に包まれた板チョコが目の前に
あった。
今日は珍しいことばかりだ。葛西がわざわざチョコを買ってきて食べている。
坂本が無意識にそれを手に取り見ていると、葛西がキッチンへ入ってきた。
「お前チョコこんなに食ったのかよ?」
「俺は食ってねーよ。気付かねーもんだな」
葛西はポケットに手を突っ込んだまま坂本が持っている板チョコを見ている。
「あ?何が?」
わけがわからず坂本が問うと、葛西は今度はコンロに置きっぱなしのカレーが入っている鍋を見た。
坂本とは目を合わさない。
坂本は気づいてしまった。
「これ・・・入れたのか?」
葛西は視線をそらしたまま、キッチンを出て行った。
坂本はカレー鍋を凝視した。
今まで葛西からもらったことはない。言葉さえ、一度しかもらっていない。
坂本はリビングでテレビを見ている後ろ姿を、後ろから抱きしめた。
月曜日、坂本は小分けにしたブラウニーが入っている箱を持って教室に入った。
「よ、よお坂本・・・葛西は・・・?」
「保健室で寝てる」
それもまた、葛西の気遣いかもしれない。
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