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道の途中 2









暗い部屋に坂本を通し、電気を点ける。
「広いな」
坂本が明るくなった部屋を見渡して言った。
坂本を家に連れてきたのは初めてだった。
勉強も用事も学校で済ませてきた。今までは。
葛西はいつもの定位置に座って、坂本も座るよう促した。
坂本はテーブルを挟んで葛西の向かい側に座った。
「家の人は?」
真っ暗で静かな家に、坂本は聞いてきた。
「もう二年帰ってきてねーよ」
坂本はその言葉に驚いた顔をした。
「今じゃそれぞれ家庭作ってっからな。もう帰ってこねーんじゃねーのか」
「そっか・・・」
「てめぇはどうなんだよ」
こちらも言ったから相手にも同じことを求めるというのは、ひどく勝手なことだ。
そういう意味で言ったんじゃない。
そういう意味で聞いたんじゃない。
あんな泣きそうな顔をする理由を、自分に話して欲しかった。
自分のことも、坂本には知っていて欲しかった。
葛西が言葉を待っていると、坂本は自重気味に笑った。
「大したことじゃねぇよ。親が喧嘩してんだ。いつものことだよ。うるせーから抜け出してきた」
あくまで平気だと、そんな言い方をするが、表情が隠しきれていない。
葛西は漸く今、坂本を見れた気がした。
いつも穏やかな笑みを浮かべる、その坂本の中身を。
「家にいたくねーのか」
葛西の問いに、坂本は小さく「ああ」とだけ答えた。
葛西はタバコを取り出して、坂本にも勧めた。
二人で静かにタバコを吸う。
紫煙が二本天井に吸い込まれていく。
「ならうちにいりゃあいい」
それは自然に出てきた言葉だった。
自分の思いを隠すのなら、傍にいすぎない方がいい。
だがそんなことどうでも良かった。
自分の思いなど、二の次だった。
あんな顔をさせるぐらいなら、坂本が気安くいられるのなら、居場所なんていくらでも作ってやる。
問題だらけの自分だが、あの時坂本が見せた泣きそうな表情を思うと、ここでいい気がした。
「お前・・・迷惑じゃねぇのかよ・・・」
そんな頼りない声を出すな。いつも俺に遠慮無しにものを言ってんだろうが。
「メーワクだったらハナからこんなこと言わねえよ。いいからここに来いっつってんだよ」
もっと優しい言葉をかけてあげられたらとも思うが、自分はこんな言い方しか出来ない。
でも坂本は、そんな葛西に笑顔を返した。
「居座るぜ?」
「勝手にしろ」
そんなやりとりに、坂本は笑い声をあげた。



日が昇る前に坂本は一旦自宅へ帰っていった。
それを見送り、葛西は部屋へ戻った。
色々と問題はある。一番の問題は自分の気持ちだ。
今まで以上に傍にいて、自分は気持ちを隠しきれるだろうか。
自分から泊まれと言っておきながら、オンナの所へ行くわけにもいかない。
それでももう坂本のあんな顔は見たくない。
決して優しくはない自分が今出来ることは、限られている。
まだ傷つくことを知らない葛西は、この時坂本のことだけを思っていた。






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