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夏の思い出 2









「めんどくせぇな」
新宿から小田急線に乗り換え、空いている席に(乗車してきた輩の迫力に気圧されて自然とその車両は閑散となった)
座ると、葛西は低い声で言った。
だが不思議と、声こそ低いものだったが不機嫌さは感じられない。
それを感じ取れるのは、隣に座っている一人の男だけだったが。
「確かにちょっと時間かかるよな。江ノ島までどんくらいかかるんだ?」
葛西の分かりづらい感情を唯一汲み取れる男、坂本がなんだか暢気に車両に貼られてある路線図を見上げた。
「俺が知るかよ」
「しかしよく来る気になったな、葛西さん」
葛西の隣には、坂本。
その向いの席に西島とリンが座っていた。
「フン」
西島の言葉に対しての葛西の返答はそれだけだった。
どうやら答えるつもりはないらしい。
昔とは違い、今はこういう時、葛西は短い言葉ながらも仲間の声に答えるようになっていたのだが。
西島も気にはしなかった。自分に壁を作って答えないわけではない。葛西はもう、そんな人間ではない。
なにか理由があるのだろう。



坂本は葛西を見て少し笑った。
照れている。
坂本だけが、葛西の今の心情に気づいていた。



リンからの誘いの電話があった時、電話を取り、話を聞いていたのは坂本だった。
だがそのすぐ横で、受話器の声が聞こえるぐらい傍で、葛西もその話を聞いていた。
そして坂本から受話器を奪い取り、葛西は言った。
「行くわけねぇだろ。めんどくせぇ」
ガチャリ。
リンはすぐに切られた受話器からのプーップーッという音を、またしても項垂れて聞くはめになってしまった。
「行かねぇのか?」
受話器を置いた姿勢のままの葛西に、坂本は言った。
「リンの奴、かなり楽しみにしてたみたいだったぜ」
「くだらねー。どうぜ水着の女目当てだろ。付き合ってられっか」
「・・・・」
「どうした?」
「行こうぜ、葛西」
「あ?」
「俺行ってみてーな」
「何言ってんだてめぇ。めんどくせぇだろうが」
「だって俺ら行ったことねーだろ。海なんて」
飽きることなくずっと二人でいるけれど、わざわざ旅行の類はしたことはなかった。
きっかけもなかったし。行く気も湧かなかったけれど。
「お前と海ってのも、悪くねーんじゃねーかなと思ってよ」
笑顔付の坂本の言葉に、葛西は降ろしたまま手に持っていた受話器を、再び持ち上げた。






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