「まだ二人は海みたいだな」
海沿いにある宿の一室。
葛西と坂本はリンと西島より早く部屋に戻ってきていた。
二人とも海沿いを歩いて回ってきた後である。
「お前結構焼けたんじゃねぇ?」
坂本は、タンクトップからのぞいている葛西の肩に手を置いた。
「痛ぇんだよ。触んな」
葛西はそう言ったが、坂本の手をどけようとはしなかった。
二人が砂浜を歩いていると、数えるのもめんどうな程、水着姿の女子から声をかけられた。
その度葛西はうんざりとした表情を隠そうともせず、坂本は、柔和な笑顔で断りの言葉を言い続けた。
その回数ごとに、二人にはそれぞれ湧き上がる思いがあった。
人気の無くなった岩場で、二人は腰を降ろした。
他愛のないことを話しただけだった。
二人はそのまま、宿へと戻った。
「今日はよくやりあわなかったな」
坂本が何故か満足気に言った。
女子に声をかけられたのと同じくらい、いかにもやんちゃそうな輩と目が合っていた。
だが。
「ガン飛ばしただけで尻込みするような奴ら、相手にしてられっか」
葛西はもう、むやみにその力を誇示するようなことを、しなくなっていた。
坂本は笑顔のまま、葛西から離れ窓際に寄って行った。
「まだ二人戻ってこねぇのかな」
「てめぇ変なこと考えてんじゃねーだろーな」
葛西がニヤリと笑う。
「馬鹿言ってんじゃねーよ」
宿の部屋は和室だった。
坂本は窓に腕をもたれかけさせ、タバコに火を点けた。
「相変わらず、もてるな、お前」
葛西は坂本の隣に座り、そう言った坂本の顔を見た。どういう表情で言っているのか気になったのだが。
坂本は、笑っていた。
とても幸せそうに、笑っていた。
「そりゃてめーの方だろーが。オンナはてめーの顔見てたじゃねーか」
葛西はそんな坂本に疑問を持ちながら、自分もタバコを吸い始めた。
「俺の方が話やすそうだったからだろ。お前が別んとこ見てる時かなり見られてたぜ?」
これが嫉妬から出る言葉だったら、それほど分かり易いものはない。
なのに、坂本の表情は変わらない。
「てめー何が言いたいんだよ。はっきり言いやがれ」
葛西は坂本を小突く真似をした。坂本は笑いながらそれをかわす。
「別に。・・・俺ってそうとうひねくれてるなと思ってさ」
「あ?」
「・・・お前があーゆー誘いを嫌がるのが、嬉しかったんだよ」
葛西は思わず坂本を凝視した。
「性格悪いよな、俺」
「・・・チッ。馬鹿言ってんじゃねぇ」
葛西は近くにあった灰皿にタバコをもみ消すと、坂本の腕を力強く引いた。
「うわっ」
そのまま強く、坂本を抱きしめる。
「葛西、俺、タバコ持ったままだ」
坂本は葛西の胸に顔を押し付けながら、タバコを持っている手を上げた。
葛西はそのタバコを奪い取り自身がしたようにもみ消した。
坂本は自由になった両手を、葛西の背に廻した。
二人はしばらくの間、そうしていた。
「てめぇは」
穏やかな沈黙の中、葛西が言う。
「んー?」
「余計なことまで考えすぎなんだよ。なんだって性格悪いっつーのが出てくんだよ」
「だってそうだろ。優越感感じるなんてよ」
「馬鹿言うんじゃねぇ。だったら俺もそうなるだろうが」
「葛西?」
「俺だって同じだっつってんだよ」
坂本は葛西の胸から顔を上げた。
葛西は目を合わせない。
「こっち見ろよ」
「うるせぇ」
「はっはっは」
坂本は笑って、再び葛西の胸に顔を押し付けた。
本当に思う。
どうしようもなく、思ってしまう。
こいつが、好きだ。
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