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君の居場所 3









「葛西、起きろ」
病人を起こすにしては少し乱暴に揺すられて、葛西は目を覚ました。
肩を遠慮無しに揺らす坂本に文句のひとつでも言おうと思ったが、先ほどより気分がいいことに気が付いた。
どうやら薬が効いているらしい。
ベットの横にしゃがんでいる坂本を見ると、手に見覚えのある茶碗を持っている。
見覚えはあるが、ここ最近使った記憶はない。
「これぐらいなら食えるだろ」
葛西が体を起こして茶碗の中を見ると、お粥が湯気を立てていた。
「てめーが作ったのか」
「味はそんなに悪くねーと思うぜ」
差し出された粥を口に運ぶと、葛西は少し驚いた。
素直に言うのならば、美味い。
坂本の方を見ると、何故か坂本は険しい顔をしていた。
「どうしたんだよ」
「お前・・・あれはねぇだろ」
「なにがだよ」
「台所はゴミ置き場じゃねーんだぞ」
葛西は粥を食いながら、そう言われた台所を思い返した。
「コンビニ弁当の空き箱ばっか捨ててやがって。ゴキブリ湧いて出るぞあんなの。床だってカビるだろ」
そして、夢うつつに聞いたあのガサゴソという音。
「お前、まさか掃除したのか?」
「したよ。当たり前だろ。いくら夜も家にいねーからってあれはひどすぎるんじゃねーのか」
坂本はあくまで平然と言う。
だが葛西は気づいた。
「おい」
「ん?」
「夜いねぇって、どういうことだ」
葛西が坂本の目を捕えて言うと、その目に一瞬後悔の色が浮かんだような気がした。
しかし次の瞬間、いつものそれに変わる。
「・・・別に。来た時いなかったみたいだからよ」
次に後悔するのは、葛西の番だった。
今の坂本の言葉で分かってしまった。




「うちに来い」と言ったのは、葛西の方だ。
だが坂本は来なかった。
待つ夜は長くて、いつまでも待っている自分がひどく滑稽に思えて。
耐えきれず、また夜の街に出て、意味の無い外泊を繰り返していた。
その間、坂本は来ていたのだ。
最初こそ遠慮して来なかったのかもしれない。
葛西を目の前にすると、そのかけらも見せない坂本。
だが影では、葛西の見えない所では、葛藤していたのかもしれない。
そして坂本が来た夜、自分はいなかった。
もしかしたらそれは、一度ではなかったかもしれない。




「・・・もうしねぇ」
「葛西?」
「もう夜は出かけねぇっつってんだよ。これからは遠慮なく来い」
「・・・いいって葛西。そこまでしてもらう義理はねーよ」
そんな風に笑うな。
そんな笑顔が見たいんじゃない。
「うるせぇ。いいから来い」
こんなに必死になっている自分は、初めてかもしれない。
そう見えないように繕ってしまう意地っ張りだが。
「来い」と最初に言ったのは、自分だ。
坂本に義理はなくとも、自分には理由がある。
坂本が少しでも気安くいられるのなら。
「今日はこのまま泊まってけ」
「・・・いいのかよ、お前」
「しつけーよ。ついでに晩飯も作れよ」
葛西が少し冗談めいて言うと、漸く坂本は笑った。
「はっはっは。家政婦かよ」
「素質はあるんじゃねーのか」



その夜は、驚異的な回復を見せた葛西の横で、坂本は眠った。
そんな状態でも、自分でも驚くほど、葛西は落ち着いていた。
この気持ちをいつまで隠せるかはわからない。
だが今は、坂本の傍にいること以外、葛西は選べなかった。



翌日、葛西が見たものは、モデルハウス並みに片付いた台所だった。






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