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隣に・・・




「お前がいないと、なんか嫌なんだよ」

 そう坂本が言ったのはいつだったか。
 ああそうだ、高校受験の時だった。
 葛西は無駄に広い自室でタバコを燻らせながら思い出していた。

 明日渋谷に攻め込むと坂本に告げた。
 返答は

「あ、そ」

 だけだった。
 
 いつも隣にいた。自分もそれを望んでいた。
 あいつが離れていったのはいつからだったか。

 自分が仲間達に望まれていることは知っていた。
 常に強くあることだ。
 もしまた敗北したら・・・と、葛西はギリッっと銜えていたタバコを噛んだ。
 離れていった背中達。あの虚しさと孤独感は葛西の心の奥深くに傷を残していた。
 あの時も、傍にいてくれたのは坂本だけだった。

「何が、いけねぇんだ」

 いつからか距離を置いていた坂本。
 仲間内で笑っていても、切なげな表情をするのを葛西は見逃していなかった。
 それもそうだ。葛西がいつも見ているのは坂本だけなのだ。
 あいつらにも傍にいて欲しい。坂本には隣にいて欲しい。
 両方望むのは贅沢なことなのか。

「強かったら、いけねぇのかよ」

 坂本、どうしてお前は離れている?







 翌日学校へ行ったら、仲間達は思った通り嬉しそうな顔をしていた。
「葛西さん、鬼塚は山中たちが探して連れていきますから」
「分かった。指定の場所へちゃんと連れて来いよ」
「もちろんです」
 舎弟とのやり取りを交わして、教室へ入ろうとした所、廊下で自分を見ている
坂本が目に入った。
 坂本がそこにいるだけで安心している自分がいた。
 しかし今は何か心配そうな顔をしている。葛西は坂本に歩み寄った。
「なんて顔してんだ」
「なんでもない」
 坂本はそれだけ言って、教室へと入っていった。
「・・・っ!」
 葛西は思わずぐいっと坂本の肩を引き寄せ、自分へと向き合わせた。
「痛ぇ!・・・どうした?」
 そう言った坂本の顔は昔からの、自分を心から心配してくれている表情だった。
 漸く、葛西は心から安心した。
「俺に背中向けんな」
 誰にも聞こえないように、小声で伝えた。
 もう誰の背中も見たくないのだ。
「あ・・・」
 目の前の坂本が後悔の顔を浮かべる。しかしそのすぐ後にまた切なさそうな表情に
なった。
「今更、俺ぐらい、いいだろ」
 坂本はそう言いながらも、葛西から離れようとはしなかった。
「てめぇは特別なんだよ。分かるだろ」
「葛西・・・じゃ、先に入れよ」
 最後の言葉は、努めて明るく言ったのが分かってしまった。
 坂本は一瞬泣きそうな顔をしたのだ。
 葛西は坂本の肩を抱き一緒に教室へと入った。
「おはようございます」
 葛西と坂本に次々に声がかかる。
 挨拶を交わす坂本はもう普段の様子に戻っていた。
(分からねぇ・・・)
 坂本の肩から手を離し席に着いても、自分がどうしたらいいのか葛西は分からなかった。
 あんな坂本の顔はもう見たくない。
 しかし自分が負けたらと、自分が弱いと周りに思われたら・・・と。
 
 思いを巡らす葛西の様子は周りにはとてつもなく不機嫌に見え、しかし教室の連中は
鬼塚との勝負を考えているのだろうと勘違いしていた。
 隣の席に着いた坂本も俯いたままだった。












 放課後、指定した場所へ鬼塚は来た。
「鬼塚か」
 トレンチコートを着て、不遜な態度で現れた男へ葛西は問うた。
「てめぇが、葛西か」
「はっ俺を知ってんのか」
「葛西さんを知らねえ奴なんていねぇよなぁ」
 廻りを囲んでいる仲間たちの声に笑みがこぼれる。
 葛西は先ほど吸っていたタバコを捨て踏みつぶし、新たにタバコを銜えなおし鬼塚に向き
あった。
「3分だ」
「・・・!なめやがって!」
 鬼塚は隣にいた小柄な学生にコートを預け、葛西へと向かってきた。
「ぐはっ!」
 最初の拳をかわし、ひざ蹴りを鬼塚のみぞおちへと押し込んだ。

 タバコがフィルターにまで焼ける頃、葛西の足元には鬼塚が沈んでいた。
 絆創膏をしていた顎が弱点だとすぐ分かった。
 葛西は容赦なくそこを攻め突け、鬼塚の体を持ち上げ地面へと叩きつけていた。
「そろそろか」
 葛西は短くなったタバコをそのまま銜えたまま、鬼塚の腹へ足を叩きつけた。
 ボキボキッと、にぶい音がその場に響く。
「鬼塚さん!鬼塚さん!」
 鬼塚と同じ制服を着た輩へと目を向けると、コートを預けられた小柄な学生が今にも泣きだし
そうな顔でこちらへ飛び出しそうな様子だった。
「あかん!小太郎!タイマンや!」
「お前が敵うわけないだろ!行くな!」
 その小柄な学生は、同じぐらい小柄で関西弁を使う奴と、やたらでかい奴に取り押さえられて
いた。
 あの二人がいなかったら、あいつは今にもここへと走ってくるだろう。
 葛西の表情が更に険しくなった。
「まいったっつってみろ。またアバラ往くことになるぜ」
 こいつは、いるのか。こんな醜態を晒しても傍に寄って来てくれる奴が。
「・・・」
「聞こえねぇな」
 鬼塚が何か言おうとしている。それに耳を傾けることにした。
「・・・・ね・・・」
「あ?」
「・・・死ね」
 その言葉に、葛西の怒りは限界まで達した。
 2,3発、鬼塚の腹へと蹴りを落とし突ける。
「まだ認めねぇか」
「葛西!」
 葛西が更に蹴りを落とそうとした所、ある声が響いた。
 葛西は銜えていたタバコを落とした。
 鬼塚の落した血にタバコの火がジュッと消えた。
 声のした方を見ると、坂本の姿があった。
 なんだ。いたのか。

 坂本は葛西に歩み寄り、腕を引いた。
「そいつ、もうしゃべれねぇよ」
 坂本にそう言われて、葛西は鬼塚が気を失っていることに初めて気がついた。
「・・・ふん、弱ぇ大将だな」
 葛西は坂本の腕が離れた瞬間、踵を返し駅へと向かうことにした。
 自分からは坂本の腕は振り払えなかった。
「鬼塚さん!」
 後ろから、あの学生の声がする。
 葛西はどうしてか、無償に腹が立った。
 坂本は付いてこない。
「流石ですね!葛西さん!」
 いつもは喜ぶ仲間の声も、今は聞きたくなかった。
 己が認められたのに、何故こんなにも腹が立つのか。
 自分でも分かっていた。あの学生のように、自分には坂本にいて欲しかったのだ。

 駅に着いても坂本の姿はなかった。
「次は薬師寺だ」
「はい!」
 





 坂本、何故お前はここにいない。






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