前田に敗北し、葛西は一日入院するはめになった。
額の怪我はそれほどひどくはなかったが、頭を強く打っていたため、検査が必要だった
のだ。
幸いにも検査に異常は無く、翌日無事に退院した。
葛西が病院から出ようとすると、思わぬ声に呼び止められた。
「葛西」
一瞬葛西は幻聴を聞いたのかと思った。まさかここにいるはずがない。しかしその声の
主は葛西のすぐ隣へやってきた。
「検査、異常なかったのか?思ったより早かったな」
信じられないと顔に書いて自分を見ている葛西に対して、その声の主、坂本は陽気に言
った。
「何ぼーっとしてんだよ。帰るんだろ?」
「お前・・・いたのか」
「ああ」
「いつから・・・」
「病院開いてから」
「なんでだよ」
「お前が出てくるの、待ってた」
あくまで気軽に坂本は言う。葛西はその場で坂本を抱きしめた。
ロビーの視線が二人に集中する。
「あほか・・・ずっと待ってるつもりだったのかよ」
「待ってるつもりだったよ」
葛西は一層強く坂本を抱きしめてから、体を離した。
「帰ろうぜ」
一緒に。
坂本の声に、葛西は肩を並べて歩き出した。
「ホント、異常なくて良かったな」
スーパーで夕飯の材料を見ながら、坂本が言った。
仲間達には内緒にしてあるが、大抵葛西の食事を作っているのは坂本だった。
葛西の家族はほとんど家に帰ってこないので、だだっ広い家に葛西は一人で住んでいる
ようなものだったのだ。
流石に弁当までは作ってはいなかったが。同じメニューの弁当を二人で食べていたらそ
れこそ仲間達に突っ込まれるだろう。
「お前、今日泊るのかよ」
額にガーゼを貼られたままの葛西が問う。
「駄目か?」
材料費は葛西持ちだったが、それでも安売りの肉を物色していた坂本が振り返る。
そこには遠慮のかけらも感じられない雰囲気の坂本がいた。
「いや・・・」
葛西は目をそらしそれだけ言った。他の連中だったらすぐに断りたい気分だったが、
坂本には傍にいて欲しかった。
坂本はそんな葛西の言葉を聞いて、いきなり声をあげて笑いだした。
「おい・・・」
「悪い悪い、なんだよ、らしくないな。いつもならどうせ来るんだろとか言うくせに」
坂本の態度が昔に戻っている。
自分から離れていく前の態度だ。
葛西はそれだけで安堵している自分に気がついた。
明日学校へ行って何があっても、坂本は隣にいてくれるのだろう。
それだけで。
家へ着くと、勝手知ったる坂本は自分用の部屋着を取り出して着替えて、夕飯作りに
とりかかった。
葛西の持っている服は坂本にはどれも大き過ぎた。
しょっちゅう泊っているうちに、坂本が持参していた部屋着が増えていったのだ。
「なんか俺、自分の家にいるよりお前の家にいる方が多いな」
昔、笑いながら坂本が言ったことを今更ながら思い出す。
葛西はリビングでタバコを燻らせながら夕飯が出来あがるのを待っていた。
テレビはつけていたが意識は他のところにあった。
坂本がこうして泊りにきて料理をしているのがひどく懐かしく思える。
どれほどの間、自分たちは離れていたのだろう。
どれほど自分は、坂本が離れることをしてきたのだろう。
それでも後悔するには、仲間を失う怖さはそれほど大きかったのだ。
「出来たぞー」
逡巡している葛西の耳に、あくまで暢気な声が響いた。
顔を上げると、坂本が湯気の立つ料理を運んできていた。
「体力使ったもんな、ちゃんと食えよ」
そう言いながら料理を並べる。
葛西は無言で自分の前に並べられた料理を見ていた。
「葛西?」
「坂本・・・俺は・・・」
坂本は葛西に近づき、その頬に軽くキスを落とした。
葛西の表情が驚きに変わる。
「後悔するなよ」
笑顔で坂本が言う。
「んじゃ、いただきます」
坂本がそう言って、漸く葛西は箸を手にした。
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