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約束5









葛西は家へと着いた。
門の所から見える自分の部屋を見上げる。
そこからは何の変化も見られなかったが、門に手をかけると鍵が開いていた。



葛西が部屋に入ると、制服姿の坂本が背を向けてベットの縁に座っていた。
「坂本」
葛西が呼びかけても、坂本は振り返らなかった。
「学校行ってたんじゃなかったのか」
坂本の声は静かだった。
部屋の中にはしばらく沈黙が流れた。
坂本の右手は、ベットのシーツの上に置かれていた。
背を向けているその姿は、その右手をじっと見ているようだった。
坂本は何も言わない。



「隣・・・座っていいか」
葛西は坂本の背に問いかけた。自分でもらしくない声だと思った。
坂本が頷いたのを見て、葛西は坂本の横に腰かけた。
まだ坂本はこちらを見ようとしない。
葛西は坂本のそんな様子に、声をかけられないでいた。
しばらくの沈黙の後、漸く坂本が口を開いた。
「ここで・・・お前を待ってた」
葛西は坂本を静かに見た。
「大丈夫だと思った・・・もう馬鹿なことはしねえって・・・でもお前は帰ってこないし・・・なんの連絡も
ねぇし・・・」
途切れ途切れに、坂本が話す。葛西は黙って耳を傾けた。
「150人相手って聞いて、心臓潰れそうになった。でもお前は笑ってて・・・信じらんねー奴らと一緒
にいて・・・」
そこで少し言葉が途切れた。
坂本はシーツを握りしめ、息を吸った。
「四天王の時も・・・ここに来てた」
葛西がその言葉に顔を上げる。
「お前何言っても聞かねーし・・・でも止めたくて・・・どうすればいいのかずっとここで考えてた・・・」
葛西は目を見開いた。坂本の肩が揺れている。
葛西は坂本の肩に手をかけた。
「おい、こっち向け」
その声は焦りの色を帯びていたが、葛西は構うことなく手に力を込めた。
坂本が俯く。その顔からこぼれ落ちる雫が見えた。
「坂本!」
坂本は振り返り、葛西の肩へ顔を埋めた。
「心配ばっかかけやがって!」
叫んだ坂本は、今まで見たことが無いくらい、泣いていた。
声をあげることもせず、静かに涙を流していた。
シーツを掴んでいた右手は、今度はきつく、葛西のひざの制服を握りしめている。
その手も、肩も。
坂本は震えていた。
葛西は何も言えなかった。その肩を抱くことも出来ない。
こんな坂本を見るのは初めてだった。
「・・・好きだ」
泣きながら、坂本は言った。
今まで一度しか聞いたことがない言葉。
二年前、一年の時に思いを確かめ合った、その時以来お互い口にしなかった言葉。
抱き合っている時も、もう言葉にすることはなくなっていた。
それを、今、坂本が泣きながら繰り返す。
「好きだ・・・好きだ・・・」
葛西は坂本を強く抱きしめた。






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