「罰ゲームは・・・坂本・・・」
教室に、内容とは反したテンションの言葉が響いた。
声の主は、リンである。
リンはその罰ゲームの内容を決めた自分、いや、このゲームを始めてしまった数十分前の自分さえ後悔した。
2月も二回目の土曜日。
三年のとある教室には、いかにもこの高校・正道館らしい生徒達がたむろしていた。
この、愛すべき対象であるかと聞かれたらどの教師も首を縦に振らない輩の頂点に君臨する男の姿は、今教室
にはなかった。
その正道館のトップは、先ほど何やら2年の一人に呼ばれて屋上へと足を運んでいるのだ。
何やらサシで話しがあるらしいと悟ったその親友は、一人教室でその男の帰りを待っていた所だった。
坂本は目の前であからさまに肩を落としているリンに変な話だが慰めるような気持ちで言った。
「おい、なんでがっかりしてんだよ。被害者は俺だろ」
そう、放課後葛西を待っていた坂本に、さっさと帰ればいいものを「暇つぶし」と称して意気揚々とゲームを
持ちかけたのは、リンだった。
そのゲームとは、ババ抜き。
リンは相当暇だったらしい。
確かに葛西の不在を知った仲間達は、学校を出ていつも立ち寄る喫茶店に行くこともなく、いつの間にか坂本
と一緒に自分達の頭の帰りを待っていたのだ。
暇を持て余していたのは、皆同じかもしれない。
坂本は単純な退屈凌ぎの術に苦笑しつつも、リンの提案を受け入れた。
教室にいるメンバーの中で数人を選抜しての、ババ抜き。
リンは言った。
「ただやるだけじゃつまんねーよなー。罰ゲーム決めようぜ!罰ゲーム!」
その言葉に反論する者はいなかった。坂本もその中の一人だ。
どうせリンが考える罰なのだ。自分が一番よく知っている人物が考える場合と比べれば、単純で可愛いもので
あるだろう。
その坂本の推測は当たっていた。しかし皆はこのゲームが終わった時、青い顔をする羽目になった。
「負けた奴はここにいる奴らに手作りチョコをやることにしよーぜ!」
来週の月曜に待っている、バレンタイン。
リンがそう言った時、確かにその場は盛り上がった。
男だらけの高校生活。しかも自業自得だが、そのスタイル故可愛い女の子からのチョコレート、なんてものは
期待出来ないような輩ばかりなのだ。
それにどいつを取ってみても、料理なんて到底出来そうにない。
一人を除いて。
しかしその一人は、こういった勝負事にはめっぽう強かった。
誰一人として、坂本が負けるとは思っていなかった。
坂本からの手作りチョコをもらうという、浮かれた後に閻魔大王が待っている方がまだマシだと思える事態に
なるとは思わなかったのだ。
「えーと・・・うわ、12人もいるじゃねーか。適当なの一切れとかでもいいんだろ?」
「坂本・・・なんでこんな時に限って負けんだよてめぇ・・・」
「ひでぇなリン。俺そんなに料理下手そうかよ?」
「違えよ!お前絶対葛西には知られるなよ!」
「俺がなんだって?」
低く響いた声に、そこにいた全員が(たった一人を除いて)仲良く凍りついた。
「か、葛西・・・!!いやそのあのな・・・!!!」
「坂本、帰るぞ」
「おう」
わたわたと席を立ちおろおろするリンを尻目に、2人はいつも通りの様子で教室から出て行った。
その場に残された者達の体温が戻る頃、誰かが言った。
「罰ゲーム無しにするってのもアリだったんじゃねぇの・・・?」
「お前いつから聞いてたんだよ」
いつもの帰り道、隣を歩く親友に坂本は聞いた。
坂本もいつから葛西が教室の前にいたのか気付けないでいたのだ。
ドアの影にいたのだからしょうがないことだが、坂本の本心としては、親友の存在に気づきたかった。
「江口がチョコ作んのかってうるせー時から」
葛西は坂本の方を見ようともせず、煙草の煙を吐き出しながら言った。
「ああ、終わる直前か。・・・つーことで、俺が作ることになったんだけどよ」
ゲームが終わる直前の盛り上がりは半端なかった。
皆口々に「どーせなら美味いチョコ食いたい」だの「作るんなら坂本だよなー」だの、何も知らない葛西には
とても親切なヤジを飛ばしていた。
「負けてんじゃねぇよアホ」
「しょうがねぇだろ。あーあ、何作っかな」
「俺が知るか」
「あ、葛西、俺帰るからな」
「あ?」
漸く葛西は坂本の方を見た。
道はちょうど葛西の家と坂本の家との分かれ道に差しかかっていた。
いつもは素通りする場所。葛西は煙草を足でもみ消した。
「大丈夫か」
葛西の一言に、坂本は一瞬泣きそうになってしまった。
「自分ち行くだけだろ、なんともねーよ。今日誰もいねーし」
「そうか」
「夜には行っていいか?」
「勝手にしろ」
自分の家へ行く道を、坂本は歩いていた。
放課後まっすぐ自宅へ帰るのは久しぶりだった。
葛西は坂本が家へ帰りたがってはいないことを知っている。
何も言わず、葛西は坂本の居場所を作ってくれていた。
坂本が家族よりも、何よりも大切にしているのは、ただ一人の男だった。
何もなければ今日も当たり前のように葛西の家へと帰ったが、生憎、葛西の家には無いのだ。
所謂「お菓子の本」が。
坂本はふと立ち止まり、そして急ぎ足になった。
「材料調べて、買い物行って、さっさと作っちまおう」
坂本は家に着くと、二つのレシピを調べた。
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