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坂本の大切なもの 1









葛西が教室に入ると、四方から挨拶の声が飛ぶ。
「おはようございます葛西さん」
「よぉ葛西、今日は早いな〜」
前田に敗北してから数週間が経った。
それでも、葛西は正道館の「頭」だ。
あれから、仲間を信頼することを得た葛西は本当の「頭」になれた。
(仲間以外の人間にとっては相変わらずただの恐怖の対象だが)
「うるせぇよ」
ただ今、4時限目が始まる前の休み時間である。
冗談を飛ばしたリンが座っている椅子を、葛西は軽く蹴った。
リンは笑っている。
「坂本はどうした」
葛西はそのままリンに聞いた。
この正道館の頭が、一番大切にし、気に留めている男が、坂本である。
(他の仲間から言わせると、「甘い」らしい)
葛西が教室に入ってまず見たのが、今は主のいない坂本の席だった。
「今日は珍しく一緒じゃなかったんだな」
もう一方から声がした。席に腕を組んで座っている西島だ。
いつもは一緒に登校してくる葛西と坂本だったが、今日2人はばらばらに登校してきた。

一緒に登校してくるのも当然である。2人は一緒に暮らしているようなものなのだ。
坂本はほとんど家に帰らず、葛西の家にいるのが常だった。
もちろん周りには言ってはいないが、西島あたりは察しているかもしれない。
他の連中も冗談で噂していたりするのだが、それはあくまでも冗談で終わっていた。

昨日、坂本は家に置きっぱなしだったものを取りにいくからと、久しぶりに実家に帰っていった。
葛西がその後うちに戻るのかと尋ねたら、今日はそのまま家にいると坂本は言った。
それは珍しいことだった。家に用事があり戻ることがあっても、しかし坂本は夜には葛西の家に来るのだ。
疑問に思い、心配が湧き上がり、実家でなにかあったのかと葛西が聞いたが、坂本はそんなんじゃねぇよと苦笑した。
そして、でも、今日は戻らない、と。
そう言った坂本の顔は何故か少し赤かった。

だが、おかげで葛西は今日久しぶりに寝坊することが出来た。
そしてゆっくり登校すると、席に坂本の姿がなかった。

「坂本なら、保健室だぜ」
葛西が2人で登校してこなかった顛末を言わないことも気にしないで(もともと葛西はあれこれ口の軽い方ではない)
西島が言った。
「保健室?」
「なんか眠いっつってふらふらしてたなー。坂本のやつ」
リンの補足に、葛西は少し笑った。
坂本はよく昼寝をする。寝坊はしないが、睡魔にはとことん弱いのだ。
同じく坂本は熱にも弱かったが、昨日の足取りはしっかりしていた。顔が赤かったのには他に理由があったのだろう。
葛西は持っていた鞄を自分の机に置くと、そのまま教室を出て行った。
「・・・葛西、どこ行ったと思う?」
「聞くな」




葛西が保健室に入ると、ベットに横になっている黒い頭が目に留まった。
そのベットの横に立つ。坂本は葛西に背を向けて熟睡している様だった。
坂本を見る葛西の目は、他の誰もが見たことの無いほど、優しかった。
葛西の足元には、制服の学ランが丸まって落ちていた。
もうすぐ夏服の時期である。寒さが苦手な坂本だが、流石に少し暑かったのだろうか。
だが制服を脱いで、床に放るような性格ではない。
おそらくベットに置いておいたものがずり落ちてしまったのだろう。
葛西はその制服を拾い上げた。
その時、そこからひらりと一枚の白い紙のようなものが落ち、足元に止まった。
何気なくそれを手に取った葛西の目が、見開かれた。
それは半分に折られた一枚の写真だった。
仲間と思われる対象に笑いかけている、一人の男が写っている。
葛西が今一番思い出したくもない、吉祥寺の前田が、そこにははっきりと写っていた。
他にも数人同じ学ランの被写体はあるが、ピントは思いっきり前田だけに合されている。
間違いなく、これは「前田の写真」だ。
葛西がその写真を片手に固まっていると、坂本が身じろぎをした。




坂本は目を開いて、無意識に辺りを見渡した。
当然周りには誰もいない。
今、隣に葛西がいたような気がした。
それだけでなんだか頬が緩んでしまう。自分はそうとう重症だ。
「あ?落ちちまってる」
見ると、横に丸めておいたはずの学ランがベットの下に落ちている。
坂本はそれを取り上げ、ポケットをさぐって、青くなった。
珍しくも焦り、他のポケットも探しまくる。
坂本は茫然とした。
「写真が・・・無ぇ・・・」






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