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たとえばこんな日 1









放課後。
坂本はコンビニの前でタバコをふかしていた。
一人である。
いつも彼の横にいる男の姿は、今はない。
自動ドアが開き、小さな袋を持った客がコンビニから出てきた。
それを何気なく見て、坂本はその視界の延長線上にある道の先の曲がり角をじっと見た。
先ほど自分が通ってきた道である。
ここからは見えないあの曲がり角の奥に、葛西がいる。
別の学校の女子生徒と一緒に。



学校帰り。
いつも通りCOREに向かうべく二人でいつもの道を歩いていたら、後ろから声をかけられた。
その女子生徒の制服には見覚えがあった。同じ池袋の高校である。
その子は頬を赤らめながら、葛西に話があると言った。
坂本は用件を察して、「先に行ってる」とこのコンビニの前まで来ていた。
葛西は坂本を引き止めたが、かまわず先に進んだ。
「待ってる」
そう葛西に言って。



(結構可愛い子だったな)
それが坂本の印象だった。
だが坂本が物思いに耽る間も無く、すぐに葛西は姿を現した。
仏頂面は相変わらずだが、不機嫌というわけでもない。
やはり先に行かないでここで待っていてよかったと、坂本は思った。
曲がり角を曲がった葛西はすぐに視線を動かし、坂本を探したのだ。
葛西がすぐ隣にやってくる。
「早かったな」
「あんなモンすぐ済む。下らねぇ」
坂本の吸い始めたタバコはまだ先の方しか燃えていない。
葛西は坂本の手からそのタバコを奪い、自分で吸い始めた。
葛西は時々こうやって坂本の吸っているタバコを吸う。
銘柄も香りもタールの重みも全然違うのに、いつも好んで吸っているタバコとは別に、こうして坂本のを吸っている
時もそれなりに味わっているようだ。
坂本もこういった葛西の態度が、好きだった。
「行くか」
坂本が言うと葛西は銜えタバコのまま歩き出した。
その隣を歩き、ちらと横目であの曲がり角を見た。
心の中で「ごめんな」と呟く。
こいつの隣、もう俺がいるんだ。



「おー!やっと来た来た!」
葛西がCOREのドアを開けると、まだ日も沈まない中、リンが赤い顔をして二人を出迎えた。
店内はいつになくにぎやかである。
「酒くせぇ」
葛西がぐるりと店内を見渡す。
二人の、正道館の頭とナンバーツーの登場に挨拶が行き交うが、なんだかその声もろれつが回ってない奴もいる。
「マスター・・・」
坂本が少し非難めいた視線を送ると、正道館の生徒には慣れている、見た目からは想像も出来ないほど肝の据わった
マスターはあははと笑った。
「ちょっとカクテルの練習に付き合ってもらってたんだけど、いやー皆若いなぁ」
坂本はちょっと頭痛を感じた。
いやこういう人がマスターだからこそ、正道館の輩がたむろ出来る場所を提供してくれているのかもしれないが。
(他の店だったら何もしなくても通報されるかもしれない連中だ)
「お前らも飲め!飲め!タダだってよ〜」
カクテルはどこへ行った。
リンは真っ赤な顔をしてビール瓶を片手に持ち、大仰に手招きをしている。
「なに突っ立ってんだ、早く座れ」
葛西は一足先にカウンターに腰を落ち着けていた。
その隣に座ろうとして、気づいた。
葛西の手にも、ビール瓶。
「・・・たく、しょーがねぇな」
坂本は苦笑して葛西の隣に座った。
「坂本くんはコップいる?」
「ほらよ」
マスターの少しずれた質問に答えたのは葛西の態度だった。
坂本は葛西に差し出されたコップを受け取り、マスターからビール瓶を受け取った。
自らそのコップを琥珀色の液体で満たし、葛西の持っているビール瓶にコツンとぶつける。
「なにに乾杯なんだろうな」
「知るか」
この短時間でも更に五月蠅さを増したような仲間たちを見ながら、坂本も自分のビールを飲み始めることとなった。



「坂本ってそんなに弱かったのかぁ?」
数時間後。
ゆでダコのように真っ赤になったリンの視線の先には、テーブルに突っ伏している坂本の姿があった。
坂本と葛西がカウンターで飲んでいると、やはり二人が中心にいなくては、と、酔っぱらった仲間たちがテーブルを
開けて二人を移動させていた。
初めは普通に飲んでいた坂本も、そのペースがだんだんとゆっくりになり、口数も減っていった。
そして、今。
相変わらずビール瓶をラッパ飲みしている葛西の前の席で、坂本はテーブルに乗せた腕を枕に動かなくなっていた。
「寝てんじゃねぇか坂本」
かなり飲んでいるくせにやたらと冷静な声で西島が言った。顔色ひとつ変えていない。
その場の連中が一斉に葛西を見た。
こういう時、確認出来る人間は一人しかいない。
葛西は瓶に残っていたビールを一気に飲み干し、坂本の隣に移動した。
手を伸ばし、坂本の長い前髪を浮かしてその顔を覗き込む。
「・・・・・・・・」
「ど、どうっすか葛西さん」
「・・・寝てやがるな」
「もう帰った方がいいんじゃないか?」
「・・・そうだな」
葛西は坂本から手を離し、西島へ向き直った。
「西島、ちょっと手ぇ貸せ。こいつ起きやがらねぇからおぶって帰る」
その瞬間、その場にいた全員が突っ伏したくなったが、懸命に耐えた。
色んな意味であまり手を貸したくなかった西島がそんなに手伝いをすることもなく、坂本はしゃがんだ葛西の背中に
無事収まり、二人はアルコールくさい店内から出ていった。



夜風の中、葛西の歩く振動が心地いい。
今店ではどんな話題が湧き上がっているのか、そんなのどうでもいい。
「いつまで酔っ払いのフリ続けるつもりだ」
ここまで近くにいると、声も振動となって響いてくる。
坂本は目を開けた。
「ははっ、やっぱり気づいてたか」
「焼酎一升開けても平然としてるヤローがあんなんで潰れるわけねーだろ。どういうつもりだ」
坂本は葛西の首に廻してる腕にギュッと力を込めた。
「別に。今日は早く帰りたかっただけだ」
仲間たちといるのは楽しい。
でも、なんだか今日は、二人きりで時間を過ごしたいと思った。
「誘ってんのか」
「・・・バーカ」
坂本はちょっと「しまった」と思った。答えに間が出来てしまった。
きっと今ので伝わってしまっただろう。今の自分の気持ち。
本当は酔っぱらってなんかいないことも、起きていたこともばれているのに、自分をおぶったまま歩いている葛西。
坂本は目を細めた。
「坂本」
「ん?」
「気にしてねーだろうな」
「何をだよ」
「あの下らねえことだよ」
「気にしてねーよ」
葛西が知らないオンナノコに告白された、今日の放課後。
葛西はすぐに、坂本の所に戻ってきた。
まるで何もなかったかのように、いつも通り二人で歩いた。
「葛西」
「なんだよ」
「好きだ」
そう言うと、葛西の体が一瞬止まった。
「てめーやっぱり気にしてんじゃねーのか」
「気にしてねーよ。本当だ。ただなんか言いたくなったんだよ」
「・・・フン」
その後葛西は無言だった。
葛西が少し照れていることは、なんだか十分伝わった。






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